鎌倉・鎌足稲荷神社

2014.02.04(17:00)

【浄妙寺を左手に見て道を少し登る】

浄妙寺を左に見て道を進む140203


【すり減った細い石段の上に鳥居が…】

すり減った階段の上に鳥居が…140203

 鎌倉・浄妙寺の脇の道を少し登り、細い道へ折れてさらに少し登ると、細い石段が見える。
 石段はすり減り、手すりを掴んでいないと足を踏み外しかねない。


【鎌足稲荷神社】

鳥居の奥に社が…140203

 石段の上に鳥居があり、小さな社がある。それが「鎌足稲荷神社」だ。

 「鎌倉」という地名の由来について、藤原鎌足が「鎌」を埋めたからだ、という伝説があるが、藤原鎌足がなぜこんな東国までやってきて、いったいどういうつもりで「鎌を埋めた」のかわからず、変な話だ、と思っていた。


鎌足稲荷神社130203

 「鎌足稲荷神社」の説明板によると、
 —— 藤原鎌足(中臣鎌足)は乳児のときに稲荷大神(いなりのおおかみ)から鎌を授けられ、以来、お護りとして身につけ、大神の加護を受けてきた。大化元年、中大兄皇子と協力して蘇我入鹿を討ち、大願を成就させたので、翌年鎌足は東国に向かい、相模国由井の里に宿泊した。
 その夜「あなたに鎌を授けて守護してきたが、いまや入鹿討伐という宿願を遂げたから、授けた鎌を我が地に奉納しなさい」との神のお告げがあった。
 鎌足はお告げの通り鎌を埋納し、祠を営んでお祀りした。それが鎌足神社の始まりである ——

 なるほど、こう詳しく書かれれば納得もできる。


鎌足稲荷神社アップ140203

 ということで、なんと、この小さな社の辺りに鎌足が鎌を埋めたのが、「鎌倉」という地名の始まりだ、というのだ。

 なお、稲荷神を祀る神社が狐と結びつくのは江戸時代に入ってからであり、「キツネは稲荷大神の使いであって稲荷大神そのものではない」との注意書きがあった。この神社には狐の像はまったく見られなかった。


【鎌足稲荷神社付近のニホンスイセン】

鎌足稲荷神社付近のニホンスイセン140203

 この鎌足稲荷神社は、昨年2月に浄妙寺を訪れたときは、山のずっと上のほうにあるような気がして立ち寄らなかったのだが、その後神戸から takae h さんがいらして立ち寄り、記事を書かれていた。
 神奈川県に住み、先祖のゆかりの地でもあるのに、これではいけないと、今回の記事にした次第だ。

 浄妙寺境内のロウバイや梅などの様子は、また別記事にて。
コメント
鎌足の由来でしたか。
面白い歴史があるものです。
山口は山の登り口なんだそうです。
ふふふ
今日もスマイル
【2014/02/05 14:55】 | kawazukiyoshi #- | [edit]
鳥居の大きさの割に小さな祠ですが、
鎌足稲荷神社というのですね。
ただ、小さいけれどしっかりした造りで威厳を感じます。
鎌の話、「鎌」多っ(笑)。勉強になりました。
【2014/02/05 13:00】 | 山ぼうし #- | [edit]
何やらしっとりとした祠や過度のすり減った石段に
時代を感じました。

もう落ち椿も見られ水仙の花もすごく自然な
感じでいいですね。

こちら六甲の山並みは白くなりました。
【2014/02/05 10:27】 | hirugao #J7S1TTU6 | [edit]
浄妙寺は行ったことがありませんので、地図で確認したところです。
その先は朝比奈に抜けるんですね。
いつか歩いてみようかと思います。
ところで、鎌足のお話や鎌倉の由来は大変興味深く拝読しました。
納得の説明ですね。
【2014/02/05 07:42】 | 多摩NTの住人 #rId1tC1Q | [edit]
デイックさん お早うございます(*^^*)

【鎌足稲荷神社】1度行きました

その前でお弁当食べました
仲間でこんな所で食事をする人は我々だけだろうな~と反省しました

信楽寺は京急大津駅から直ぐです
駅の隣のコミセンで場所を聞かれたら如何ですか~ 
秋にイベントが有りますよ

訪問とコメント有難う御座いました
【2014/02/05 06:44】 | 安人(あんじん) #5ddj7pE2 | [edit]
ディックさん

わーー大好きな浄妙寺~♪ と思ったら
懐かしい鎌足神社でした?

さすが、私の画像とはずいぶんちがいます。
階段なかほどに、椿の花が落ちているのに
感じるものがあります。

神社の奥には、お墓があるようなのですよね。
鎌倉の由緒正しさ、その歴史を感じたことを覚えています。

そうそう、私が訪れたときには、たくさんのリスが木々の枝を走り回っていたのでした。
また鎌倉に行きたくなりました。
【2014/02/05 01:51】 | takae h #A5.soH/6 | [edit]
YAKUMA さん、小肥り さん、
怪しげな伝説ではありますが、そういうことがまことしやかに言い伝えられてきた、ということはそれなりに知られた話なので、知っておくとおもしろいでしょう。
【2014/02/04 21:38】 | ディック #22hNL7Yc | [edit]
地理佐渡 さん、
Wikipeida では、「鎌足の末裔である藤原(九条)頼経が将軍の地位に就いた鎌倉時代中期以後に成立した伝説とみられ史実ではないが、中世から近世にかけて多くの地誌に採録されて広く信じられていた」とあります。
一方、別の本ですが、735年に作られた資料に、すでに「鎌倉」の地名が記載されているそうです。だから、時期的にはおかしな伝説というわけではないようです。
【2014/02/04 21:35】 | ディック #- | [edit]
YUMI さん、
>ホントに鎌足が東国に来たの?と、どうしても疑ったりして…
大化の改新に成功して、ちょっと物見遊山に東のほうへでも行ってみようか…、なんてね。
この伝説は、動機が明らかになるともう少し信憑性も出てくると思うのですが…。
【2014/02/04 21:25】 | ディック #22hNL7Yc | [edit]
こんばんは。

>なんと、この小さな社の辺りに鎌足が鎌
 を埋めたのが、「鎌倉」という地名の
 始まりだ、というのだ。

え~っ?本当かなぁと思わず(笑)。
結構大胆な言い伝えですよね。ですが、
あながち全否定できないのが歴史の世界。
いや、学問の世界です。小保方さんのこ
ともありますしねぇ。

鎌倉の鎌は鎌足の鎌と..

いやぁ、致命的に鎌倉期以前から鎌倉と
いう地名であったのでしょうかねぇ。
そちらのことも気がかりです。




【2014/02/04 21:22】 | 地理佐渡.. #sSqUD4QU | [edit]
こんばんは
鎌倉と鎌足、繋がっているんですね。
近くにいるのに、知らない事ばかりです・・・
【2014/02/04 21:02】 | YAKUMA #0p.X0ixo | [edit]
口惜しや、口悔しや・・・・
ここしばらくの記事拝見するに、鎌倉をすっかり己が手の内にしておられる。
浄妙寺はスルーのようですね。
そうか・・・鎌足氏はここに・・・う~む。
【2014/02/04 19:35】 | 小肥り #mQop/nM. | [edit]
そうなんですよね。
鎌倉の鎌は鎌足の鎌。
浄妙寺には鎌足桜もあるし。
とはいえ、ホントに鎌足が東国に来たの?と、どうしても疑ったりして…

水仙のお写真、すごく素敵です。
【2014/02/04 18:09】 | YUMI #2Qwf./yA | [edit]
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