南無阿弥陀仏

2012.11.14(19:00)

【西本願寺・大銀杏と安穏殿】

西本願寺大銀杏と安穏殿121011

 西本願寺のパンフレットは薄いけれども、とてもよくできている。
 それも、お金を払って拝観したからもらえるのではなく、置いてあるパンフレットを勝手にとって、あとはどうぞご自由に…、というのだから、三十三間堂とは対極の対応だ。

 その中味だが…
 ---- 本願寺は、浄土真宗本願寺派の本山です。正式には龍谷山本願寺派といい、一般には西本願寺と呼ばれています。浄土真宗は、鎌倉時代の中頃に親鸞聖人によって開かれました。
 (中略)
 (親鸞聖人は)比叡山で学問修行に励まれましたが、二十九歳のとき、源空(法然)聖人のお導きによって阿弥陀如来の本願を信じ「南無阿弥陀仏」という念仏に帰依する身となられました。----

 上で「阿弥陀仏の本願」とは、阿弥陀仏が法蔵菩薩としての修行中に立てた誓いのことだ。
 「我が浄土へと生まれたいと願って念仏する者は、すべて我が浄土へと生まれることができる。もし生まれない者がいれば、私は阿弥陀仏とはならない」という誓いだ。(新潮新書『法然親鸞一篇』/釈徹宗より)
 それほどの誓いだから、衆生を救い自らの仏国土へ生まれ変わらせようという阿弥陀仏の意思は、きわめて強いものなのだ。


【御影堂と阿弥陀堂】(重要文化財)

西本願寺御影堂と阿弥陀堂と大銀杏121011

 法然の考え方は「阿弥陀仏のこの誓いを信じるならば、念仏を称えるだけで阿弥陀仏の浄土の世界へ往生することができる」というもの。「ややこしい話は一切抜き」なのである。
 阿弥陀仏を信じて、南無阿弥陀仏と称えさえすれば、死して後には阿弥陀仏の浄土へ生まれ変わることができる。修行も何も必要ない。ややこしい教えを学ぶ必要もない。ただ信じて南無阿弥陀仏(阿弥陀様を信じて身も心もすべて捧げ、お任せいたします)と称えればよい。
 平安末期、方丈記に記されていたような大火、竜巻、飢饉、地震がどれだけ続き、戦渦がいくらひどかろうとも、たとえ末法の世の中であろうとも、念仏さえ称えれば死後の幸せが約束される。


【御影堂の廊下から眺める大銀杏】

御影堂の廊下から眺める大銀杏121011

 釈徹宗さんの新書『法然親鸞一篇』の表紙見返りのキャッチフレーズがいい。「"悟り"ではなく"救い"の道を」だ。それが浄土宗の画期的なところだった。自分で修行して悟りを開く必要はない。ただお願いすれば救われるのだ。


【御影堂の廊下】

西本願寺御影堂の廊下121011

 浄土真宗というのは、それでは何なのか。大きく大雑把に言うのなら、浄土宗とそんなに違いはないらしい。大きく大雑把に言うのなら、ちょっと内省的な、自分が潔癖であるという自信がないだけに大まじめに考え込む親鸞さんの性格の特徴が、浄土宗をさらに突き詰めたような、そんな感じがする。
 いい加減に済ますなと言われても、詳しく書き始めたらたいへんだから、この程度でやめておくことにする。

 ともかくも、力がある。いまでも信徒の数は浄土宗、浄土真宗合わせて日本最大で頭抜けている。自分で努力して悟りを得ようとしなくてもよい。ただ信じてお願いすればよい。南無阿弥陀仏…。

 東と西に別れた理由とか、今回は触れない。平安末期の混乱の時代から、阿弥陀仏を信じて念仏を称えるだけで救われる仏教は、まだ生まれたばかりだからだ。


【御影堂の廊下から阿弥陀堂を眺める】

御影堂の廊下から阿弥陀堂を眺める121011

 国宝・重要文化財の書院や飛雲閣を拝観するには事前予約がいるらしいので、今回は諦めた。
 御影堂・阿弥陀堂は見学自由。勝手に上がって自由に見ていってくださいね、というのが西本願寺だった。


【御影堂から阿弥陀堂を眺める】

御影堂から阿弥陀堂を眺める121011


【御影堂から阿弥陀堂への渡り廊下】

御影堂から阿弥陀堂への渡り廊下121011


【どういうときに鐘を鳴らすのだろうか?】

何か合図の鐘を叩くところか…121011


【阿弥陀堂から御影堂を臨む】

阿弥陀堂廊下から御影堂を臨む121011


【阿弥陀堂への参拝の人々】

阿弥陀堂に参拝する信者たち121011


【龍谷大学のキャンパス】

龍谷大学キャンパス121011

 隣地の龍谷大学は、1639年に西本願寺が設立した「学寮」を起源とするらしい。敷地が隣接しているが仏教臭さはなく、キャンパスは国際色豊かという雰囲気だった。

コメント
奥行きのある建物が、とても奇麗に撮れていますね。
圧倒されます。

目の前の悲惨な現実はどうにも出来ないのだから、[信じて唱えれば救われる]という徹底した他力が人々の心を救っていったのでしょうね。
潜在意識まで含めて信じるって本当は難しいですけど、それが出来ていれば既に救われているという訳ですね。
【2012/11/15 23:07】 | とんとん #uvcXFM.c | [edit]
nekocchi さん、
>学生の頃一回行っただけなのですが、何を見たのか全然覚えていない
ふつうはそれで当たり前だろうな、と思いますよ。
【2012/11/15 21:30】 | ディック #- | [edit]
moon さん、
>我が家も浄土真宗なので…
そうでしたか。
浄土宗、浄土真宗系のお寺は、ぼくのような一般の人間にもとてもフレンドリーな感じがします。そういうところが、仏教の中で最大の信徒の数に結びついているのかなあ、などと思いました。
【2012/11/15 21:28】 | ディック #- | [edit]
hirugao さん、
最も大切な法要だそうで…。
浄土宗、浄土真宗とも、宗祖をきわめて大切にされるようですね。
【2012/11/15 21:24】 | ディック #- | [edit]
nakamura さん、
そうですか。そのお祖父さんの血が、間違いなく nakamura さんにも受け継がれているように感じております。
【2012/11/15 21:22】 | ディック #- | [edit]
YAKUMA さん、
書いてきたようなことが理解できたのは、ぼくもせいぜいここ一年のことです。ふだんの生活とはあまり関わりがありませんが、社会や人生を考える上で、宗教というのは重要なファクターですから、ここ数年、突き詰めて考えるようになりました。
【2012/11/15 21:21】 | ディック #- | [edit]
FREUDE さん、
人を救うはずの宗教が、教会や教団を作ると互いに反目し合うようになる。
個々の人間は立派でも、人は組織を作ると平気で非倫理的なことができるようになる。このことを思うたびに、ぼくは厭世的な気分になります。
【2012/11/15 21:18】 | ディック #- | [edit]
takae h さん、
誤解があるかも知れないので、もう一度勉強しなおさないといけないようなのですが…、
>無心に念仏を唱える、あるいは仏におすがりする
>ことが、存外にむずかしかったりします。何しろ
>邪念が多すぎる
ふつうの人間なら、そういうことは必ずあるはずです。たぶん親鸞さんという人は、そういう問題を突き詰めていったところに、法然さんとの違いがあるのでは…、と思うのです。
いえ、もう一度勉強し直しますけど…。
【2012/11/15 21:14】 | ディック #- | [edit]
大きな大きな建物ですね。
隅から隅まで行きつけるのか?何だか心配になってしまいました^^
学生の頃一回行っただけなのですが、何を見たのか全然覚えていないのです(><
【2012/11/15 17:58】 | nekocchi1122 #4v6QK5lk | [edit]
大きく美しい画像に見とれています。
我が家も浄土真宗なので参拝している気持ちです。
昨年は親鸞聖人750年祭に五島からも多くの門徒達が西本願寺に参拝しました。
【2012/11/15 15:34】 | moon #1Cu4NBlg | [edit]
西本願寺は実家の宗派ですが今は東本願寺なのです。
明日、報恩講というタイトルで投稿する予定ですが
実はあまり知らないことが多すぎて
これから門徒として少し行事に参加してみようと思いました。


渡り廊下の写真に自分も歩かせていただいている気がしました。
【2012/11/15 10:41】 | hirugao #J7S1TTU6 | [edit]
こんにちは
さすが西本願寺、お参りの方も多いですね。
>あとはどうぞご自由に・・・
大らかですね。
いろいろ勉強になりました。
【2012/11/15 09:42】 | mico #NkOZRVVI | [edit]
おはようございます。

西本願寺、すばらしいです。
圧倒的な画像です・・・お座布団を。
なお、ここの山門修復に私の祖父が宮大工として参加したとか聞いています。それが自慢だったとか・・・、祖父の顔を知りませんが(笑い)。
【2012/11/15 07:08】 | nakamura #- | [edit]
こんばんは
南無阿弥陀仏、唱えたことはありますが、そういう理由があったのですね。
親鸞の名は、学校で習った記憶がありますが、何をした方かは覚えていませんでした。
本当に恥ずかしいですが、こうして教えていただくと分かった気になります・・・
【2012/11/14 23:16】 | YAKUMA #0p.X0ixo | [edit]
浄土宗や浄土真宗のような他力本願の宗派は
一部の宗派にとって、目障りだったことでしょう
それゆえの迫害もお聞きしております

カトリックの傲慢に耐えられなかった集団は
さあて、払拭できたかどうかは疑問です
【2012/11/14 23:14】 | FREUDE #6AWUBD.o | [edit]
これは本当にすごい。圧倒的ですね。
まさに、すがりつき、お陰を被りたくなります。
しかし、無心に念仏を唱える、あるいは仏におすがりすることが、存外にむずかしかったりします。何しろ邪念が多すぎる! ――笑
【2012/11/14 23:08】 | takae h #XC9HH1gc | [edit]
紗真紗 さん、
西本願寺、伽藍の大きさがあるので、写真にも迫力が出てきます。黒つぶれさせないよう、隙間から見える外の景色は飛ばさないよう、両立させるよう気を配れば、あとはモデルのよさで訴えてきます。
>私的には、法然お上人のことが気になります。
以前も何かそういうことをおっしゃっていたと記憶しています。
【2012/11/14 22:46】 | ディック #- | [edit]
ななごうさん、
宗教というのは、その時代の社会の要請だと思うのです。現代の日本では、「とくに何も信じていない」という方が多いでしょうし…、そういう社会環境なのだと思います。
いろいろと書いてますが、ぼくが何かを信じているとすれば、それは「科学的な考え方」でしょうか。
【2012/11/14 22:41】 | ディック #- | [edit]
ディックさま^^こんばんは~♪

さすが西本願寺は、圧倒的な存在感を放つのですね。
私的には、法然お上人のことが気になります。
今、マラソンなどで龍谷大学が全国区となりましたが、
このような瀟洒な建物だったのですね。。。
素敵な画像とともに、お勉強させていただきました。。。
【2012/11/14 22:13】 | 紗真紗 #- | [edit]
宗教に疎い私です。
難しいですね。
果たして何宗が良いのか?と時々思います。
【2012/11/14 21:41】 | ななごう #- | [edit]
地理佐渡 さん、
日蓮宗のほうは、教科書的には知っているけれど、ぼくは自分で納得できるほど勉強していないのです。今回は京都だから、触らないで済むのですが…。
【2012/11/14 21:28】 | ディック #- | [edit]
こんばんは。

良いなぁ。本願寺。
仏教のこともまた色々勉強。
阿弥陀仏のお慈悲にひたす
らすがる。他力本願。
特に親鸞は悪人こそ救われる。
と悪人正機説。基本的に鎌倉
新仏教は浄土宗・浄土真宗・
時宗のグループと、禅宗系・
日蓮宗系と大別されると言っ
て良いでしょう。ただ、南無
阿弥陀仏の専修念仏と南無妙
法蓮華経の唱題とでどれだけ
違うのかの区別が難しいです
ねぇ。

【2012/11/14 20:58】 | 地理佐渡.. #s/KLKpB2 | [edit]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://dickhym.blog9.fc2.com/tb.php/5024-a0f87f6b