宇治十帖の香り

2012.11.04(17:10)

【宇治十帖の香り】

建仁寺門121008

 今回の京都旅行の記事で何回か言及してきた『源氏物語』だが、概ね三部構成となっていて、第二部の「幻」の帖で源氏は紫の上の死を悲しんでほとんど引き籠もってしまい、「雲隠」の帖は題名のみで彼の死が暗示されて終わる。
 次に再開されるのは一般的に「宇治十帖」と言われる「薫」と「匂の宮」の若い世代の物語だ。
 さて、読み始めて驚いた。「薫」は生まれつき不思議な芳香を持つ体質で、容姿とその芳香が大人気。薫と仲のよい三の宮は薫りを放つ若君に負けまいとして、名香を苦心して調合し、それを衣服や髪にたきしめて、体臭のように身につけた。世人は彼を「匂の宮」と呼ぶようになる。
 どうも信じられないような世界の話だな、と首を傾げつつ京へ旅立った。


禅居庵の建物121008

 先に一度記事にした「六道珍皇寺」はその閻魔堂に怪しげな小野篁像を祀っているけれども、宗派でいえば臨済宗建仁寺派である。近くに「建仁寺」という大きな禅寺がある。
 この建仁寺に「禅居庵」という塔頭があり、ここで「石川・京都 香りの器」と題する展示が開催されていた。
 上は禅居庵の建物を撮影したつもりでいるが、どうだろうか。


禅居庵の藤袴121008

 禅居庵の藤袴。


香りの器展入り口121008

 「千四百年以上続く日本のお香の歴史。伝統工芸の盛んな二都市においても現代の作家による「香りの器」の競作は相互の交流を深め新たな工芸史に寄与していくだろう」とそういう趣旨らしい。すばらしい名品から「これはどうもなあ」と思う作品までさまざまだったが、席を設けて説明に当たっていたのはお香の制作販売を手掛ける老舗松栄堂(全国に7カ店を展開)の担当者だ。
 源氏物語の話題など出したところ、お香の元となる香木や、大ウイキョウ、丁子などの原材料を嗅がせてくれた上に、その調合、間接的に熱を加える空薫(そらだき)などの薫き方についてなど、親切に説明してくれた。

 平安京の貴族社会では、家ごとにお香の調合が工夫され、その香りでいま誰が廊下を通ったのかが区別できる、そういう世界だったはずだ、という話が出た。宇治十帖の世界が急に近く現実的になった瞬間だ。ようやく古典の世界が身近になった気がした。


摩利支天堂121008

 展示が開かれていた「禅居庵」には秘仏の「摩利支天」を祀る摩利支天堂があった。織田信秀(信長の父)の建立だという。


摩利支天堂斜め横121008

 建仁寺の説明によれば、「摩利支」は、古代インドの女神。三面六臂で七頭の猪に坐す姿だそうだ。から、亥年生れの人々の守り本尊として信仰されている、とのこと。
 写真に狛犬でなく狛猪が写っている。左側が見えないが、ちゃんと左右対となっていた。

 (注)建仁寺は臨済宗建仁寺派の大本山。開山は栄西、開基は源頼家。いずれ別途記事にする予定。


【盧山寺】(紫式部邸跡)

盧山寺の門121012

 源氏物語のついでに、この機会に「廬山寺」(ろざんじ)を紹介しておきたい。京都御所の東側、梨木神社の向かいに当たる。「紫式部邸宅跡」だそうだ。
 建物は天台宗のお寺として建てられたものであり、単に紫式部の邸宅があった跡に建てられたというだけなのだが、それが観光の売り物になっている。


盧山寺全景121012

 なお、紫式部は石山寺参篭のときに物語の着想を得たとする伝承があるが、物語を実際に書いたのは自邸で書いたはずだから、この地で庭など眺めながら筆を執ったということだろう。


源氏庭121012

 庭は「源氏庭」と名付けられているが、そうはいっても当寺の庭が残っているわけではない。


源氏庭3121012

 (注)盧山寺は天台系圓浄宗の寺院。

 ---------------------

 今晩は三日間の紅葉狩りに出かけていたかみさんが帰ってきます。
 この三日間、スキップとの付き合いで疲れましたがようやくほっとできます。
コメント
YAKUMAさん、
臨済宗は、「公案」を通じて師が弟子に悟りを伝えていくから、師によって○○派というのができやすい体質を持っているのです。
【2012/11/05 21:56】 | ディック #- | [edit]
こんばんは
臨済宗のお寺ですか。
田舎の菩提寺は臨済宗でも妙心寺派とありました。
色々と宗派があるのですね。
【2012/11/05 21:48】 | YAKUMA #0p.X0ixo | [edit]
mico さん、
物語の世界が、現地へ行ってみて初めて現実的に感じられる、ということが多々あった旅行でした。
【2012/11/05 20:27】 | ディック #- | [edit]
山ぼうし さん、
お香の世界なんて、ふつうは関係ないですものね。
こういう展示会に行き合わせたのも、京都だから…、ということで、よい体験でした。
【2012/11/05 20:26】 | ディック #- | [edit]
ころん さん、
京都へ行ってみてわかった、納得した、ということが多いのです。記事に書きながら、自分で頭の中の整理もやっています。
【2012/11/05 20:24】 | ディック #- | [edit]
hirugao さん、
フジバカマは京都旅行で初めて見ました。
そういう「初めて」が多い体験でした。
かみさんがいないと、スキップがぼくにつきまといます(笑)
【2012/11/05 20:23】 | ディック #- | [edit]
小肥り さん、
『源氏物語』は六割程度読んでましたが、京都旅行を機会に完読しました。
このあと、『方丈記』が出てきます。これはNHKラジオのテキストを読みましたが、なかなかおもしろいのです。
【2012/11/05 20:20】 | ディック #- | [edit]
山手の木々 さん、
宇治十帖の物語は「そんなばかな…」と読んでましたが、誇張はあったにせよ、そのように香りで人物を判別できた時代があったのだ、とわかりました。
【2012/11/05 20:18】 | ディック #- | [edit]
紗真紗 さん、
ぼくもいままでは話として聞いていただけで、実際の道具やらお香と接するのはこれが初体験でした。
宇治十帖のようなことは、物語でなく、多少の誇張はあるにせよ、平安京の時代には実際にあったことなのだと…、わかっただけでもよい体験でした。
【2012/11/05 20:15】 | ディック #- | [edit]
こんにちは
古に思いを馳せながら拝見し、いろいろ勉強になりました(感謝
【2012/11/05 14:49】 | mico #NkOZRVVI | [edit]
千四百年以上続く日本のお香の歴史~そうなんですかと感心します。
この手のことは全く無知で、
式部さん家の敷地は広かったんだ!とか、狛猪が可愛すぎる!
などと拝見しています。
【2012/11/05 12:45】 | 山ぼうし #- | [edit]
丁寧に撮られたお写真と・
説明(講義文)楽しみましたと同時に
お勉強になりました。
何度もスクロールしての再読でした。
有難うございます。
【2012/11/05 12:27】 | ころん #- | [edit]
京都の雅で華やいだお寺の中でもしっとりとしたお寺ですね。
建仁寺は一度行ったように思いますが
とにかく見るだけの時代でした。

フジバカマの花の時期でしょうか。

奥さまがお帰りで(ワンちゃんのお散歩や
お付き合いでお疲れとか)助かりますね。

【2012/11/05 12:13】 | hirugao #J7S1TTU6 | [edit]
いよいよ教養を深めて帰ってこられましたな。
古典も読まねばならなかった。ボクは今さらの後悔。
今回出て来るお寺は一度もお参りしてないなあ。
ありがとうございました。
【2012/11/05 09:02】 | 小肥り #mQop/nM. | [edit]
いよいよ古典への旅も佳境に入ってきた感じがします。
香りとか光は現代とは全く違っていたでしょうね。
いにしえの人が毎日暮らしていた環境を肌で
感じることができないと、古典の理解は難しいのでしょう。

香りの器、勉強になりました。
【2012/11/05 08:43】 | 山手の木々 #- | [edit]
ディックさま^^こんばんは~♪

香道の世界とは無関係に生きておりますので、
このページは、ハードルが実に高いです。。。

狛猪、源氏庭のことも気になりますし、
ステキな画像とともに読ませていただきました。
【2012/11/04 23:45】 | 紗真紗 #- | [edit]
takae h さん、
すみません、「香りの器」展はしっかり遊んできましたが、摩利支天堂のほうはちらっと見ただけ。お堂の欄干とか猪だらけだったらしいのに、ちゃんと見ませんでした。
狛猪はけっこう新しいのかも知れません。
【2012/11/04 23:34】 | ディック #- | [edit]
FREUDE さん、
『源氏物語』がまだ読みかけだったぼくに「宇治十帖」を教えたのは FREUDE さんだったわけですが、生まれつき不思議な芳香を持つ体質で、容姿とその芳香が大人気の「薫」って、どのくらい身体を洗っていたのかとか、紫式部は書いていませんね(笑)
【2012/11/04 23:27】 | ディック #- | [edit]
ななごうさん、
通常こういう枯山水というのは、小石を敷き詰めたところが海で、海の中に島があって、大石などあれば、神仙思想の影響で蓬莱山を表すとか、まあそんなことが多いようです。空というのは聞いたことがありません。
【2012/11/04 23:23】 | ディック #- | [edit]
文化の違いのせいでしょうか、
香水には違和感がありますが
お香は少々強くても心が落ち着きます。

お寺の画像をみせていただき
改めて、屋根の姿が美しいと思いました。

それにしても狛猪、かわいいですね。
新しいように見えますが、
昔からあったのでしょうか……

そういえば神戸の異人館に
幸せの猪の像があることを思い出しました。
【2012/11/04 23:09】 | takae h #A5.soH/6 | [edit]
源氏庭、空を模しているんでしょうか?
それとも海?

他の部分は私、知識が殆ど有りませんので判りません。
庭に知識が有る訳では有りませんが、六義園が和歌山の地を模して作られていたと解説に有りましたので、この庭もそのような由来かな?と思いまして。
【2012/11/04 22:26】 | ななごう #- | [edit]
香を聞く、などと言いますね
フランスではかつて、オーデコロンの文化が流行しました

日本でも大衆の強いかたは少なくなかったでしょうが、
朝晩に入浴できる現代の自分が
如何に恵まれているか、を痛感します
【2012/11/04 22:02】 | FREUDE #6AWUBD.o | [edit]
地理佐渡さん、
平安末期の混乱を描写した「方丈記」をきっかけに鎌倉時代へ入る予定にしていますが、禅寺の中でたぶん一番歴史が古いのが「建仁寺」ですから、禅寺のトップを切ることになる予定です。
【2012/11/04 20:52】 | ディック #- | [edit]
こんばんは。

建仁寺と言いますとやはり臨済宗本山
というイメージ強いですね。後日それ
につい出す予定というのが楽しみです。
京都は歴史について少しの知識があり
ますと別の楽しみ方ができますよね。

【2012/11/04 19:52】 | 地理佐渡.. #s/KLKpB2 | [edit]
moon さん、ありがとうございます。
右サイドバーのカテゴリで、「京都」をクリックしていただくと、このシリーズのみが出てきます。
【2012/11/04 17:53】 | ディック #- | [edit]
京都に住んでいた時は若かった所為もありますが、こうしてお寺の歴史を踏まえながら拝観はしていませんでした。

美しい写真を拝見しながら歴史を語って頂いて嬉しい限りです。
ゆっくりとした時にじっくりと再読させて頂きたいシリーズです。
【2012/11/04 17:36】 | moon #1Cu4NBlg | [edit]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://dickhym.blog9.fc2.com/tb.php/5003-b0375e98
  • まとめ【宇治十帖の香り】【まっとめBLOG速報】
    【宇治十帖の香り】 今回の京都旅行の記事で何回か言及してきた『源氏物語』だが、概ね三部構成となって
【2012/11/05 01:58】