八百屋お七の墓など

2012.07.29(18:30)

 下の地図の「A」のところに「八百屋お七の墓」がある、というので捜しました。
 本駒込の交差点の上のほうに「吉祥寺前」の交差点がありますが、そこをさらに北(上)のほうへ行ったところに「駒込・富士神社」があり、そこから歩いてきて「白山駅」付近を目指して下りてくるのです。
 「下りてくる」という表現は適切です。文京区白山というのは坂の上下に広がった町。ただ、坂がたくさんあって、どれが「八百屋お七」の墓のある「円乗寺」なのか見つけるのが大変でした。



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円城寺120704

 上のような路地の奥が円城寺で、奥の本堂(たぶん)の左側に八百屋お七の墓がありました。


八百屋お七の墓全景120704

 Wikipedia の記載によりますと、
 ----お七は天和2年12月28日(西暦1683年1月25日)の大火(天和の大火)で檀那寺(駒込の円乗寺、正仙寺とする説もある)に避難した際、そこの寺小姓生田庄之助(吉三もしくは吉三郎とも、または武士であり左兵衛とする説もあり)と恋仲となった。翌年、彼女は恋慕の余り、その寺小姓との再会を願って放火未遂を起した罪で捕らえられ、鈴ヶ森刑場で火刑に処された。遺体は、お七の実母が哀れに思い、故郷の長妙寺に埋葬したといわれ、過去帳にも簡単な記載があるという。----

 では、なぜいま円城寺に墓があるのか。むずかしい質問はなさらないようにお願い申し上げます(笑)


八百屋お七の墓供養塔120704

 最初に供養塔をたてたのが歌舞伎役者の初代岩井半四郎だったことがわかります。


八百屋お七の墓の備えられた花々120704

 ご覧のように花がたくさん供えられていまして、恋の物語にはみなさん甘くなるようです。


【吉祥寺】

吉祥寺120704

 ところで、本稿の最初に出てきた吉祥寺ですが、武蔵野市吉祥寺の地名は、明暦の大火で当寺の門前町の住民が住居を失い、五日市街道沿いの当地に移住し開墾したことに由来するもということで、本家はこちらのようです。
 現在は曹洞宗の寺院ですが、都会のまっただ中とはいえ、境内は立派でした。


吉祥寺鐘楼120704


吉祥寺本堂前120704

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 ここ一週間ほど、心臓の調子が悪く、抜ける不整脈が頻発し、外出は控えざるを得ない状況です。
 火曜日に診察がありますが、医師の薦めがあれば二回目の手術に挑戦しようかと考えております。
 たまに面倒になって「休んでしまおうか」と思うときもある今日この頃ですが、自分の活動記録でもありますしね。思い出して書くことで、歴史や地理などの復習にもなっている。勘違いを教えていただけることもあるし。
 それと、またいずれ一週間くらい休みを取らざるを得なくなりそうですし…。いまのうちにできるだけ…、とも思うのでした。
コメント
おはようございます。

お坊さんの入った一枚がよいですね~、お座布団を・・・。
なお、お座布団でご養生を・・・(笑い)。
【2012/08/01 10:19】 | nakamura #- | [edit]
去年、友人達とのハイキング(50代後半の男達ばかり10数名で色気も何もありませんが)で、泉岳寺から旧東海道を平和島まで歩き、終点近くにあったのが、鈴が森処刑場跡でした。
お七のこともそこに説明がありましたよ。お墓は白山にあったんですね。
【2012/07/31 08:34】 | 多摩NTの住人 #rId1tC1Q | [edit]
江戸時代後期から戦前まで続いたと言われる、のぞきからくりですが
「八百屋お七」は最も有名な演目だったようです

のぞきからくりの口上では駒込吉祥寺、
小姓の吉三(きちざ)と言われていますね

見てきたひとがいる訳ではなく、
本当のところはわかりませんが…
【2012/07/30 22:30】 | FREUDE #6AWUBD.o | [edit]
hirugao さん、
駒込をほとんど知らなかったものですから、六義園→富士神社→吉祥寺→お七の墓と巡り、このあと根津神社へ向かいました。江戸時代の名所巡りです。
【2012/07/30 14:34】 | ディック #- | [edit]
紗真紗 さん、ありがとうございます。
八百屋お七、映画でご覧になりましたか。江戸時代のこのような物語、いまでも十分観客の同情をひきますね。
【2012/07/30 14:32】 | ディック #- | [edit]
fullpot さん、
>時代を経ても変わらぬ女の情念
核心をついた表現! さすがです。この辺り、男性の私は疎いというか…、とてもこのように上手に表現できません。
【2012/07/30 14:30】 | ディック #- | [edit]
YAKUMAさん、ありがとうございます。
これは調子のよかった7月4日の記事。ここ一週間は大人しくしております。
【2012/07/30 14:27】 | ディック #- | [edit]
山ぼうしさん、
吉祥寺は、太田道灌が江戸城築城の際、井戸の中から「吉祥」の金印が発見されたので、現在の和田倉門内に一宇を設け、「吉祥寺」と称したのがはじまりだそうですが、諏訪山という山号の理由はわかりませんでした。
【2012/07/30 14:25】 | ディック #- | [edit]
小肥りさん、
江戸時代においても、あるいは戦後になっても、なんども歌舞伎、芝居、小説などになっているのですね。ぼくはたぶん、江戸時代の文化について書かれた本を読んだので憶えているだけだと思います。
【2012/07/30 14:21】 | ディック #- | [edit]
nekocchi さん
>現代に生きていたらこんなことにはならなかった
たぶん、その気持ちが現代の女性たちの同情を誘うのかも知れませんね。
【2012/07/30 14:17】 | ディック #- | [edit]
八百屋お七はよく知っていますが
このようなお墓だったのですね。

そして都会のお寺とも思えぬしっとりした雰囲気ですね。

この暑さにどうぞお身体大切になさってうださいませ。
【2012/07/30 10:32】 | hirugao #J7S1TTU6 | [edit]
ディックさま^^こんにちは~♪

八百屋お七は、映画で見たことがありまして、
いろいろ脚色されてはいるものの、少しは知っておりました。
ほんとうに恋物語は言い伝えられていくものですね~!

ご体調が心配です。どうぞご無理をされませんように。。。
【2012/07/29 23:01】 | 紗真紗 #- | [edit]
死に物狂いで半鐘を鳴らす振り袖娘の哀れさ、すさまじさ。
小さく古いお墓と、鮮やかな洋花の供花の対比に、時代を経ても変わらぬ女の情念を思います。
【2012/07/29 22:29】 | fullpot #A5.soH/6 | [edit]
こんばんは
吉祥寺は、こちらにあるのですか。
地名の由来も分かると面白いですね。
体調が心配です。
無理なさらないでください。
【2012/07/29 22:17】 | YAKUMA #0p.X0ixo | [edit]
八百屋お七の名前は聞いたことがありますが、内容まで知りませんでした。

吉祥寺の住所のことは、どこかで聞きましたが、お寺自体は見たことがありません。
都心の中なのに、本当に広いのですね~。
山号が「諏訪山」とありますが、諏訪神社とは関係あるのかな?
【2012/07/29 22:07】 | 山ぼうし #- | [edit]
架空の人物と思うておりました。
実在なんですね。
【2012/07/29 22:01】 | 小肥り #mQop/nM. | [edit]
八百屋お七の話はよく存じてます。
若さゆえの浅はかな考えからおこしてしまった火つけ・・・悲しいお話ですが、考えさせられたお話でもあります。現代に生きていたらこんなことにはならなかったかも知れませんし・・
【2012/07/29 21:14】 | nekocchi1122 #4v6QK5lk | [edit]
ななごう さん、ありがとうございます。
「もう一度火事になれば、あの男性と会えるかも知れない」という娘の心理が同情を呼んだのでしょう。江戸の火事に関する話題としては、そこそこ知られているのではないでしょうか。
【2012/07/29 20:45】 | ディック #- | [edit]
八百屋お七と云う話は知りませんでした。
色々有った様ですね。

そこの坂は結構きついですね。
狭い割には、通行量が多い処です。

吉祥寺、立派な寺ですね。

散策時に体調不良に成られた様ですね。
この時期、日中はかなり暑いです。
気を付けて下さい。

根岸森林公園は、盆地状ですので暑さが増していると思います。
【2012/07/29 19:54】 | ななごう #- | [edit]
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