観音崎付近・走水神社

2012.07.25(18:30)

走水神社階段下から120614

 観音崎公園に近い「走水神社」はしりみずじんじゃは昨年10月頃一度お参りしています。6月14日は二回目のお参りでした。
 「古事記」によりますと、日本武尊やまとたけるのみことが東夷征伐のためこの地から出船しましたが、海が荒れて進めなくなりました。海神の怒りのためだと考えた后の弟橘媛命おとたちばなひめのみことが、自らこの沖で入水して、航海の安全を図りました。


走水神社拝殿正面120614

 日本武尊は、わが身を犠牲にして海を鎮めてくれた弟橘媛命を偲び、村人の敬慕の念を謝して冠を下賜されました。村人たちはこの冠を石櫃におさめて土に埋め、その上に社殿を建立して日本武尊を祀りました。そして明治の終わり頃、近隣に祀られていた弟橘媛命を合祀したのが、現在の走水神社ということになっています。


弟橘姫命の像120614

 弟橘姫命の像が刻まれています。


走水神社拝殿横から120614

 この奥の細い道を登り、一段と高いところに登ると、弟橘媛命の記念碑があるとのことでしたが、昨年は観音崎公園の海岸を延々と歩いた後で、心臓も不調になり始め、さらに登ることを諦めていました。
 今回は6月14日、ちょうど体調がどんどんよくなり始めていたところでしたので、記念碑を確かめに登りました。


走水神社裏山から見下ろす120614

 裏山から見下ろす走水神社の向こうに、浦賀水道が見えています。
 弟橘姫命が入水したのは、もう少し右側の観音崎寄りのほうでしょうか。


弟橘姫命の記念碑120614

 上がその記念碑、下が文面です。


弟橘姫命記念碑文面120614


走水神社裏山からの眺め120614

 裏山から防衛大学校走水海上訓練場の辺りを見下ろして撮りました。


走水神社裏山のオオトキワツユクサ120614

 走水神社付近のオオトキワツユクサです。
 私がこのような古事記の世界に興味を持ち、あれこれ勉強を始めたきっかけは mico さんのブログ「りんどうのつぶやき」のおかげです。ありがとうございました。

 《参考》クリックして下さい → 2011年10月の走水神社

 上をクリックしていただくと、広角での写真については、この9ヶ月でかなりきれいに撮せるようになってきたように思います。アマチュア・カメラマンとしては、これはとても喜ばしいことです。
 


コメント
ここは行ったことがないので、とても興味深く拝見しています。
お身体の調子が戻られたとのこと。良かったですね。
【2012/07/27 08:29】 | 多摩NTの住人 #rId1tC1Q | [edit]
kawazukiyoshi さん、
対岸の千葉にも弟橘媛命の話が残っていましたか。
古事記の時代の話が現代にしっかり伝えられている、ということに感慨を憶えます。
家でぼんやりしているより、暑い中へ出ていったほうが心臓が安定しているように感じるのは、いったいどうしてなのか。まあ、無理はしないように気をつけております。
【2012/07/26 19:05】 | ディック #- | [edit]
mico さん
mico さんのテリトリには古事記時代の伝説などたくさんおありになるでしょう。神奈川県にはほかにもあるのでしょうか。気をつけて捜してみたいと思います、
【2012/07/26 19:02】 | ディック #- | [edit]
地理佐渡 さん、
この記念碑の名前を連ねた方たちは、日本海海戦の勝利などに通じるものを感じ取ったのでしょうね。
「奥行きを感じさせる迫力ある画面を」と心掛けております。
【2012/07/26 19:00】 | ディック #- | [edit]
nekocchi さん、
古事記の時代の話ですが、いまでも聞く人の胸を打ちますね。
【2012/07/26 18:57】 | ディック #- | [edit]
紗真紗 さん、
遠出するときは三脚など持っていきませんので、神社上から見下ろすような写真にはとくに気を遣います。
構図を工夫して写りがよく見えるよう、ごまかしているところもあります。
遠近差が強い写真は、広い空間を感じさせるので、ごまかしがよく効きます。
【2012/07/26 18:55】 | ディック #- | [edit]
樂 さん、
昨年10月にお参りしたときは、社務所の中からじゃらじゃらと牌をかき混ぜる音が聞こえていました(笑)
【2012/07/26 18:51】 | ディック #- | [edit]
FREUDE さん、fullpot さん、
Wikipedia に次の解説がありました。
「水走は内陸部にあるが、古来、この地まで深田や沼地が続き、旧大和川の支流や寝屋川など多くの河川や深野池などの湖沼や河川があり、水運が発達しており、港があった。それらを管理することで水走氏は漁業権と水運権を確保し、御厨(皇室系荘園)を管理することで大きな力を持つ武士団へと成長していった」
やはり水と関係があるのでしょう。
【2012/07/26 18:49】 | ディック #- | [edit]
千葉に旅行したとき
オトタチバナノヒメ話が沢山残っているのに、驚いたことがあります。
今でも由来を楽しんでいる地名の多いこと。
面白いですね。
暑いから、気をつけて。
今日もスマイル
【2012/07/26 15:14】 | kawazukiyoshi #- | [edit]
おはようございます。
走水神社の謂れ勉強になりました。
ご紹介有難うございます。
【2012/07/26 06:33】 | mico #NkOZRVVI | [edit]
おはようございます。

走水神社。神話と共にある神社。
石碑に刻まれた名がそうそうた
るものでした。

少し高台にあって、木立の間か
ら見下ろす眼下の風景がまた良
いですねぇ。

【2012/07/26 06:16】 | 地理佐渡.. #s/KLKpB2 | [edit]
東征に同行するとはすごいと思っていたのですが、夫を救うため入水するなんて凄すぎますね。そして悲しすぎます。
【2012/07/26 00:41】 | nekocchi1122 #4v6QK5lk | [edit]
ディックさま^^こんばんは♪

弟橘媛命の悲しい物語を知りました。
小高い本堂から眺めた港の景色はいいものですね!
ルビにより、目休めしたような感じでとてもいい雰囲気です。
このオオトキワツユクサで暑さをしばし忘れました~♪

私は、撮れるなどというものではなく、ブレナイようにシャッター押しています(笑(#^.^#))))

【2012/07/25 23:51】 | 紗真紗 #- | [edit]
走水とは、いかにも海難に関係がありそうな地名ですね。大阪の水走(みずはい)も、やはり海に関係するのかな……なんて考えていました。ずいぶん内陸なのですが。

見下ろす画像に、思わず身がすくみました。しかしこの階段を昇るからこそ、すばらしい景色が見られるのですものね。いや~やはり、機材とカメラを持ってこの階段を昇るのはきつい……。
【2012/07/25 23:32】 | fullpot #A5.soH/6 | [edit]
走水神社は、針供養と包丁供養の2回行っていますが、階段を上がった拝殿までで、奥の山道は行っていません。
常駐の宮司はいなくて、式典以外は氏子連中が交代で運営しているそうです。
【2012/07/25 22:57】 | #M8XIDdVw | [edit]
近代まで人身御供やら人柱やら、
恐ろしいことが信じられていたようですね
心が痛む話です

阪神高速道路で東大阪市内にあるランプですが
水走と書いて「みずはい」というのがあります
最初、読めませんでした

私は9か月前からも、ちっとも進歩できていないようです
【2012/07/25 22:32】 | FREUDE #6AWUBD.o | [edit]
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