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猿島と戦艦「三笠」の見学 ~ 「San Poの会」11/12 の記録(2)

2011.11.21(18:30)

猿島111112

 「San Po の会」の記録記事(19日)のつづきです。
 猿島(さるしま)は、横須賀市の三笠公園沖にある無人島。
 幕末には江戸幕府の台場が築造され、明治時代に入ると陸軍省・海軍省の所管となり、東京湾要塞の猿島砲台が築造されていました。しかし、実戦に使われたことはありません。
 今回見てまわった猿島は、「歴史的遺跡を適切に保存し、展示するにはあまりにセンスを欠いていて、いまひとつおもしろくない島」という印象でした。
 その理由は下記で紹介していく通りです。


弾薬庫入り口111112

 前を行く人たちが眺めているのは弾薬庫の入り口です。
 グループリーダーのNさんの証言によりますと、「昔は両側の兵舎や弾薬庫跡も、入口は塞がれておらず、自由に中へ入ることができました。中は何も残っておらずだだの空間でしたが、昼間でも真っ暗でしたので、歩くのに懐中電灯が必要で、ちょっとした探検気分が味わえました」とのことです。
 現在のように、入り口のところだけ外から見て歩く、というのではあまりにも味気ない。もう少しなんとかならないものか、と思いました。


トンネルの向こう111112

 通行可能な一番長いトンネルです。


砲台跡111112

 上の写真は砲台の跡なのですが、なぜこのような無粋なオブジェを置いてあるのか、理解に苦しみます。中にはもっとひどい「蛸のようなオブジェ」が置いてある砲台跡もありました。
 東京湾の守りという重大な使命を帯びていた場所と思えば、興味深いものですが、このような妙なオブジェが置いてあっては、そんな気持ちも失せてしまいます。

 この砲台跡の向こう側(海側の崖)に崖下へ下りる階段があり、弥生人が住居やお墓として使用していたと考えられている「日蓮洞窟」(名付けの由来は不明)があります。
 ぼくはこの砲台跡で急に心房細動の発作が出てきたため、下りたら登れなくなると判断して下りませんでした。ですが、Nさんの写真によると、下のようなおもしろい場面が展開していたようです。


日蓮祠でのコスプレ撮影111112

 このコスプレ撮影の意図、何のコスプレか? などは一切不明だそうです。ただ、とてもびっくりしたそうです。


【戦艦 三笠の見学】

三笠主砲111112


無線室111112 被弾した鉄板で作成されたオブジェ111112

 上左側、ただの無線室ですが、ここで発信された電文の内容と海戦の展開など、知っているととても感慨深いものがあります。
 「敵艦隊見ユトノ警報ニ接シ聯合艦隊ハ直チニ出動、コレヲ撃滅セントス。本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」
 Wikipedia の解説文を借りますが、司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』では、天気晴朗=視界良好で砲撃がやり易く、また敵を取り逃がす心配が少ない、浪高シ=艦が大きく揺れてお互い狙いを付け難いが、練度の高い日本軍の方が有利である、すなわち総合すると「気象条件は我が方に極めて有利である」という意味であると解説しています。
 
 上右側、三笠が被弾した鉄板で作られたオブジェです。
 今回は見逃してしまいましたが、前回三笠を訪れた際には、この被弾後が船体に残っていて、驚かされた記憶があります。
 砲弾が飛び交う中、東郷平八郎連合艦隊司令官は、下のように前方が見える位置に立ち続けて動かなかった、と伝えられています。


東郷司令官の立ち位置111112

 連合艦隊がとったT字戦法、トーゴー・ターンのため、バルチック艦隊は先頭の「三笠」に攻撃を集中してきて、三番砲塔を撃ち抜かれるなど、後続の全ての艦が回頭を完了するまでに16発の命中弾を受けた、そうです。
 ここへ立って戦況をじっと見つめ続け、自らが立ち続けていることで味方の兵士を鼓舞する、たいした指揮官です。


砲兵たち111112 揚弾薬筒111112

 艦の下の弾薬庫から、上右の写真の「揚弾薬筒」を通して運ばれる砲弾を、砲兵たちが上左写真のようにして撃った、ということのようです。

 戦艦「三笠」は、敗戦後、記念艦としてここへ残す措置がとられていましたが、上甲板からその上はすべて取り払えと米軍に指示されて、一時は船体しか残らず、甲板の上にはダンスホールなどが作られていました。
 いまでは艦隊司令官室が復元されるなど、よく整備されています。

 さて、このあとは横須賀中央駅まで歩いたのですが、湯処「のぼり雲」まで出向くとバスでの往復など時間が掛かりすぎるからこのまま懇親会にしよう、ということになり、駅前の中華料理店「日高屋」で懇親会を開いて、この日は解散となりました。

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 昨日の暴風の結果は悲惨でした。
 あれほど見事に咲いていた皇帝ダリアの主軸は途中からばっさりと折れてしまい、花を開き始めていた短い2本も折れてしまいました。成長期は終わっていますから、今回はさすがにもう、復活は不可能でしょう。
コメント
こんばんは。

何を、どのように伝えようjとしているのか、そこが問題でした(笑い)。
【2011/11/22 21:34】 | nakamura #- | [edit]
小肥り さん、
歴史読本の別冊「横須賀」を買ってしまいましたから、San Po の会は別にしても、ぼくの横須賀散策はこれだけでは終わりません。また近日中に…。
ピーと吹くと言えば…、座頭市を最初から14本見ていまして、按摩が吹くあの笛は、なんというのでしょうか。
【2011/11/22 18:11】 | ディック #- | [edit]
hirugao さん、
山の会、鍋の会、いろいろと活動されていいですね。
お味噌にこだわった鍋の会…、魅力的ですねぇ。
「San Po の会」は季候のよい10~11月は、月2回のペースとなっております。
【2011/11/22 18:07】 | ディック #- | [edit]
夏の空 さん、
タイの洪水のニュースが毎日のように報道されているので、これは帰りたくてもに帰れないでいらしゃるのでは、と心配しておりました。ご自宅の辺りはいかがなのでしょうか。
お父様のことについては、残念でしたね。お疲れの出ないように気をつけてください。
【2011/11/22 18:03】 | ディック #- | [edit]
♪ これっきりこれっきりもう、これっきりですか・・・
こうやって拝見しますと。。。横須賀ってのは思ったよりも多彩な顔を持ってる。奥が深い。
海軍が、山口百恵が、小泉純一郎が、、、、、
引き出しの奥からボースンコールが出てきました。
吹いてみてもなかなか鳴りません。
どうやったらいい音に鳴るんだろう(♪ピーーーヨーーー)
【2011/11/22 13:13】 | 小肥り #mQop/nM. | [edit]
こんにちわ

こちらでも戦艦の中が見られて興味深く拝見しました。
散歩の会もいろんなところに皆さんと行けていいですね。
私の山の会もいよいよ低山になってきました。
次回は恒例の鍋の会です、ことにお味噌にこだわっているようです。
【2011/11/22 12:19】 | hirugao #J7S1TTU6 | [edit]
猿島 このような所があるんですね、初めて知りました。
お元気でいろんな所を探索していらっしゃいますね。
戦争のことと言えば、もっと父の話を聞いてやれば良かった…。
もっと話相手になってやれば良かったな。
【2011/11/22 10:49】 | 夏のそら #dl2yYD66 | [edit]
紗真紗 さん、
難しいことなど考えなくてよいのです。
花は図鑑を見ていてもわからない。フィールドワークは必要でしょう? 歴史もそうだと考えて、ただ見て歩けばよい。
一方で、必ずデスクワークも必要です。何も基礎知識がなければ、幼稚園生の遠足と同じことになってしまうから。
何事もバランスが大切です。
ぼくの場合、過去20年間、自宅と仕事場の往復しかやってなくて、年に1回夏休みに家族サービスで自然の中へ出ていくだけ。
フィールドワークの不足を補おうとしております。
【2011/11/22 09:25】 | ディック #- | [edit]
地理佐渡 さん、
戦跡は戦跡ですから、そこしか見えない。要は受け取る人が総合的なものの見方をできる知性とまっさらな心を持っているかどうか、です。いまの教育がどうなっているか知りませんが、ぼくが受けてきた戦後間近の小学校教育は、ずいぶんと片寄ったものでした。
憲法は絶対正しい。戦争は絶対反対。民主主義は絶対正しい。無差別の平等や社会正義を金科玉条の目的として掲げ、これを実現しなければならない、などなど…。
世の中には100%正しいものなんてないのに…。「二者択一型の思考」ほど怖ろしいものはない、とぼくは考えます。
【2011/11/22 09:15】 | ディック #- | [edit]
おはようございます。

近現代の歴史の中で歩んきた歴史の、特に
戦争という部分だけが切り取られて残され
ていますね。ここから先人達の戦いを見る
だけでなく、平和への願いというものも得
てもらいたいところですよね。日露でもた
くさんの人が命を落としていますし。

三笠。実はしっかりと見ていませんので、
いつかはきちんと見ておきたい気もします。

【2011/11/22 06:34】 | 地理佐渡.. #i104y3BE | [edit]
ディックさま^^こんばんは~♪

難しいことはよく分からないのですが、
戦艦・三笠の内部など興味深く拝見しました。

>前方が見える位置に立ち続けて動かなかった
いかに元帥が、
肝が据わった日本人だったということが分かりました。
そして、戦略の読みも凄いものを感じました。
また、機会があれば、猿島に行きたくなりました。
【2011/11/21 23:52】 | 紗真紗 #- | [edit]
ななごうさん、
猛訓練が実を結んだ、ということのようですね。
第三海堡は地震で3分の1が水没した状態だったそうですから、壊さずに陸へ運んだというだけでも、ずいぶん大変だったのではないでしょうか。
いずれにせよ遺跡保護には資金が掛かりますね。
【2011/11/21 21:59】 | ディック #- | [edit]
こんばんは。

以前に一度三笠を見た後に、私の初の海外視察が此処でした。国外では無いです。(笑)
山の方には行かなかったです。興味がその頃は全然無かったものですから。

以前にわたしが書いたコメントの第3カイホの建造物ですが中に入って見る事は出来ません。
フェンスに囲まれて居ますので。
この猿島の遺跡と同じ様に外からただ眺めるだけと云う感じです。

猿島でコスプレですか?
時々子供の怪獣ドラマの撮影場所として使われて居る様に記憶してます。

月月火水木金金が成せる戦艦三笠の床だったですね。
【2011/11/21 20:23】 | ななごう #- | [edit]
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