道教の世界からの日本文化への浸透

2011.09.07(17:58)

庚申塔110518修正

庚申塚110519修正

道教の世界表紙


 5月と6月に三浦半島方面へ数回ハイキングにでかけた。
 畑地の中などで、上の写真のようなものをたくさん見かける。トップの写真に「庚辰塔」の表示があり、「庚申塔とはいったい何だろう」と調べていて、 Wikipedia で「庚申塚」の項目を見つけた。
 日本の民間信仰であり、その源は中国から渡来した道教にあるらしい。なぜこのようなものを作ったのか、その理由はここへ書いても「ばかばかしい」と誰も耳を貸さないような、とんでもない迷信そのものなのだ。道教の迷信に、神道と仏教まで渾然一体となって、「庚申塚」は生まれていた。
 そのあと三浦半島を歩くたびに「庚申塚」を見かける。それほどに道教は日本の民間社会に浸透していたのか、と放っておけなくなり、本書『道教の世界』を購入して読み始めた。
 創元社の「知の再発見」双書150、2011年1月の発行であり、著者はフランスの研究家だ。

 道教の由来、歴史は複雑だ。現在でも中国の三大宗教は儒教、仏教、道教だ。革命当初、もっとも組織化が遅れ、地方には迷信が多く、渾然としていたのが道教だったため、政府は全国組織を設立させて管理体制を厳しくしたらしい。
 日本は、たとえば上の庚申塚のようなものを除いて道教と無関係かというと、そういうわけにはいかない。中国渡来の文化・思想の中に、道教の思想が潜んでいて、それがかなり浸透している。
 たとえば「仙人」は、童話・民話の世界に数多く見られ、子どもでもこの言葉は知っている。不老不死の丸薬などという物語が出てくるのは道教の世界だ。「気を発する」とか「気功」とか、「気」というものの考え方は道教の思想だ。中国式の体操術の思想の根本にあるのも道教の思想で、「太極拳」などはかなり道教の思想を受け継いだものらしい。

 さて、根本に「道」(Tao) という宇宙の本源的な存在がある、というものの考え方は、人格的な神が存在するというキリスト教などよりは、ぼくとしては日本人としてむしろ受け入れやすく感じる。基本的なもののの考え方には合理性が感じられ、けっして迷信として撥ね付けたくなるような思想ではない。
 ただ、根本思想はよいのだが、道教の発展の歴史には紆余曲折があり、仏教の影響なども受けて、かなり無茶苦茶なものもある。いまでは都市部の洗練された道教と、地方・農村部の土俗的な道教は別物かと思われるほど違ってきているらしい。

 12世紀頃の道教の「太上感応篇」という道徳書に「老子(実在は疑われている)はこういった」として「あること」が書かれている。「人間の体内には三戸という虫が住んでいて、庚申の日(60日ごと)に身体を抜け出して、その人間の罪を神々の使者に告げに行く」とあるのだ。
 「だから悪いことをしてはいけないよ」という主旨だろう。
 それが日本へ入ってくるともう無茶苦茶である。三戸(さんし) という虫が、寝ている間に天帝にその人間の悪事を報告しに行くのを防ぐため、庚申の日には夜通し眠らないで、天帝や猿田彦や青面金剛を祀って宴会などをしようという風習に発展した。「見ざる言わざる聞かざる」と庚申の日の「申」と、猿田彦信仰がごっちゃになる。この夜の宴会を3年間18回続けた記念に庚申塚ないし庚申塔を建てるのだ。
 明治政府は「とんでもない迷信だ」と相当な数の庚申塔を撤去したそうだが、寺社の境内や私有地に残ったものがまだたくさん残っている
というわけだ。

 中国には派手な服装の「道士」がいて、地方ではなかなか組織化されず、それぞれさまざまな儀式を行っているというから、中国政府も道教の中央の全国組織も、管理などとてもできないだろう。

 現在比較的容易に入手できる道教の解説書は本書だと思われる。日本文化の根源を探るという意味でも、中国の三大宗教のひとつ「道教」については、知っておいたほうがよい。読者の皆さんにお薦めしたい。

コメント
空見さん、
>宗教というものは、入っていったその国の思想とか土着信仰とも混合、融合されるのかもしれませんね。
おっしゃる通りでしょう。もっとも、イスラム教がどうなのかは、ぼくにはわかりませんが…。
【2011/09/08 22:08】 | ディック #- | [edit]
こんにちは。

「道教」というのも、なかなか面白そうです。
宗教というものは、入っていったその国の思想とか土着信仰とも混合、融合されるのかもしれませんね。
昔のキリシタン弾圧の歴史などを見ても、信仰者にはマリア様は大日如来のように受け取られていたのではなかったでしょうか。
不確かなうろ覚えの記憶ですが・・ディックさん、またいろいろ教えてください。
【2011/09/08 16:09】 | 空見 #- | [edit]
kawazukiyoshi さん、
本書では、台湾には共産党政府による統制がないので、道教はのびのびとしている、というようなことが書いてありました。
【2011/09/08 12:24】 | ディック #- | [edit]
迷信の類にも楽しい話があります。
宗教心のない私は、ただ愉しむだけです。
台湾でもいろんなモノがごちゃまぜになった道教が
一般信仰の対象のようです。
人間の夢をそのまま、宗教にしたような話が多いですね。
今日もスマイル
【2011/09/08 12:08】 | kawazukiyoshi #- | [edit]
紗真紗さん、
多方面のことに興味をお持ちの紗真紗さんですから、この機会に道教の寺院(道教では「道観」というようです)もご覧になってきてください。信仰がいろいろに分岐・混乱しているようですから、日本にはいってきている道教はどんなふうになっているのか、ぼくも興味があります。「庚申塚」は。その分布など、ネットでもいろいろと資料が公開されています。
【2011/09/08 11:00】 | ディック #- | [edit]
ディックさま^^こんにちは~♪

先日からディックさまと道教のお話をしておりまして、
私の中では、儒教、仏教に比べ、あいまいな部分が多く、
民間信仰からと言う割には変な「気」高さで浸透度がイマイチでしたが、
このように解説をいただきまして少し鮮明になってきました。

老子・荘子のことも含め~~
もう、こうなりますと、聖天宮という道教の寺院に足を運びたく
なっております。
どんな形から入ってくるか分かりませんが、近々行って来ます~♪
庚申塚こちらでも見ますので、少し掘り下げて調べたくなっています。
v-22
【2011/09/08 10:07】 | 紗真紗 #- | [edit]
hirugao さん、
よく観察すれば、「お地蔵様」と「庚申塚」は区別がつきます。
お地蔵様は地蔵像だけですが、「見ざる言わざる聞かざる」の猿が彫り込んであったり、「庚申」の文字があったり、「猿田彦」の文字が見えたりすれば「庚申塚」です。地蔵でない「菩薩像」が見えるときは、一緒に上のような証拠品がないか確認する必要があります。観音様をまつっているのではなく「庚申塚」
であることが多いように思います。
【2011/09/08 08:46】 | ディック #- | [edit]
地理佐渡さん、
ぼくはまだ儒教についてはあまり詳しくありませんが、仏教と道教は、半分は「哲学」ですね。
「庚申塚」から興味を持って、道教についての本を探していました。歴史がとても複雑であり、横へも広がっているので、「これが道教」と簡単には表現しきれない広がりを持っています。
ただ、日本人として「知らない」と済ませてはちょっとまずいか、と思いました。
【2011/09/08 08:40】 | ディック #- | [edit]
このあたりにもありますがお顔どなくてもお地蔵様
と言っていますが。

日本の民間信仰だとか住宅地を開拓するころにあったのを集めて待っているとか聞きました。
います。



【2011/09/08 08:02】 | hirugao #J7S1TTU6 | [edit]
おはようございます。

儒教とならぶ哲学とも表現したい宗教ですね。
仏教もそもそも哲学と言いたいような世界観
を持っていますので、なかなか宗教としまし
ては複雑です。
道(Tao)。理解するのは難しそうです。
ただ、老荘思想は物の本で触れたりしてみま
すと、その思想を実践するのは安易なもので
はないぞと言う気がします。
庚申塚。こちらでも見ます。改めてそうなの
かぁと感じています。

【2011/09/08 05:42】 | 地理佐渡.. #i104y3BE | [edit]
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