第五福竜丸展示館と夢の島熱帯植物園

2011.06.26(12:32)

第五福竜丸110625

 今回の「ウォーキングの会」は新木場駅へ集合し、夢の島で「第五福竜丸」と植物園を見て、天候等を見ながら葛西臨海公園まで行き、最後は舞浜のユーラシアで温泉を楽しむというコース設定だった。
 ぼくは以前何回か訪問した取引先が新木場にあり、付近の町工場の様子などは知っていたが、その反対側の一帯があの「夢の島」だとはまったく知らないでいたし、「第五福竜丸」の展示館があることもまったく知らないでいた。


第五福竜丸上部分110625

 第五福竜丸は1954年3月、米国の水爆実験によって発生した多量の放射性降下物(死の灰)を浴びた遠洋マグロ漁船だ。
 第五福竜丸はその後1967年に廃船となり、夢の島の隣の埋立地に捨てられたが、同年、東京都職員らによって再発見されると保存運動が起こり、現在は東京都によって夢の島公園の「第五福竜丸展示館」に永久展示されている、という次第だ。


単位は違っても報道内容は似たようなもの110625

 展示館の内部に当時の新聞・雑誌などが展示されているが、初めての事態に大騒ぎし、マグロなどの風評被害まで起きている様子は、福島原発の事故で大騒ぎしている現在とほとんど変わっていない。
 ただ、当方はシーベルトやベクレルの単位に慣れているため、当時のガイガーカウンターで「○○カウント」と表示されている記事は、どのくらいの危険な状態だったのかほとんど理解ができない。

このときも風評被害はあった110625

 水爆実験をやるのに、漁船に被害が及んだという話自体が、現在の感覚ではとても信じられないので読み込んで行くと、危険区域は米国から通知されていて、その外で操業していたのだ。
 簡単に言えば、自国の水爆実験が及ぼす被害を、米国はあまりにも軽く見積もっていたことがわかる。いわゆる「想定外」だったのだ。


第五福竜丸の乗組員はその後110625

 日本のマグロ漁船・第五福竜丸をはじめ数百隻以上の漁船が死の灰を浴びて被曝し、ビキニ環礁から約240km離れた環礁にも死の灰が降り積もり、島民多数が被曝して避難することになった。被爆者は2万人と言われたらしい。
 当時の南洋の島々の人たちの写真の様子はかなり悲惨なものだ。

 全般的な印象からすれば、「米国がやったことに比較すれば福島原発はまだ…」というところだが、それから57年も経っているのに、科学的にはいろいろと進歩していても、「人は組織を作ると組織の利益を優先し、しっかりと管理したり行動したりできなくなる。そのために被害は拡大する」という点ではまったく進歩していない。米軍であれ、東京電力であれ、政府であれ、「組織」を構成すると人間はまったく信用できないのだ。


停泊するクルーザー110625

 小雨の中を「夢の島植物園」に移動する。
 その道々、港内に係留されているクルーザーなどを眺める。大金持ちというのはたくさんいるんだなあ、などと話しながら歩く。乗組員の給与、係留費など、維持費は相当なものに違いない。


アメリカデイゴと温室110625

 夢の島植物園ではボランティアのおじさんに声をかけられ、案内を頼んだところ、庭内、熱帯温室内を懇切丁寧に案内してくれて、ついつい聞き入ってしまう。
 写真は、アメリカデイゴの背景に熱帯植物園の大温室が見えている。


熱帯植物園内部110625

 熱帯植物園内の植物の生態についてのさまざまなな話は、これまであまり知識もなく、とても興味深かった。
 ただ、基本的には温帯の植物たちとさほどかけ離れたことをやっているわけではないようだ。
 こうして、この日のウォーキングは事実上「第五福竜丸展示館」と「夢の島植物園」だけになってしまった。

 新木場から舞浜へ電車で移動し、舞浜からユーラシアまでを歩いた、
 駅から遠ざかるにつれ、道路の修復箇所が目立つ。そのうち、下水管が歩道の上へ出て、仮設下水道のまま剥き出しになっている歩道が延々と続くようになった。道路を掘り返していたのでは、修繕がとても間に合わなかったのだろう、と思われる。
 この頃にはもうカメラをリュックにしまっていて、もう一度出すのが面倒だったので写真はない。
 ユーラシアは地元で配られた割引券1枚で5名まで通常2000円のところ1000円で入場できる。いつもの銭湯よりもゆったりと温泉を楽しみ、浦安で懇親会を開いて解散した。
コメント
夏のそら さん、
ひとりひとりの人間は善意でも、会社とか、国とか、人は組織を作るとその「組織」を守るために平気で嘘をついたり、他人を騙したり、そういうことができるようになってしまうようです。
ぼくは、いまは家族という最小の単位のものしか守るものはありません。くびきがなくなって、良心に逆らうこともやらずに済むので、ほっとしております。
【2011/06/28 20:36】 | ディック #- | [edit]
植物園にボランティアの方がいらっしゃるんですね。
いい仕組みだなぁ。
第五福竜丸のこと、改めて調べてみました…。
過去から現在まで当事者(国)というものは常に事実を隠そうとしますね。
お金、権力は魔に通じ
人の姿をした人にあらざる物を作り上げてしまうのだろうか。
【2011/06/28 10:50】 | 夏のそら #dl2yYD66 | [edit]
地理佐渡さん、
こちらの展示館を訪れますと、福島原発では加熱暴走だけは食い止められてよかったなあ、と思ってしまいます。水爆実験からもう50年以上も経っているのだから、もう少しきちんとした対応もできたはず、という気持ちはやはり残りますが…。
【2011/06/27 12:21】 | ディック #- | [edit]
紗真紗 さん、
暑かったのは現地に着くまでで、急に空模様が悪くなり、いまにも雨が降りそうでした。
何かこのような「会」があって、自分の意志とは無関係に参加するというのは、いろいろと幅広い物事に接することができ、とても有意義ですね。
【2011/06/27 12:16】 | ディック #- | [edit]
hirugao さん、
当時の様々な新聞や雑誌記事の展示を読むと、五十年以上も経って、また同じようなことを繰り返しているのだな、と思います。
騒ぎ方などよく似ていて、恥ずかしくなります。
日本人は、こういうことをあまりにも簡単に忘れすぎます。ここにこういう展示館が残っていることを大切にしなくてはなりません。
【2011/06/27 12:13】 | ディック #- | [edit]
こんばんは。

何かで見たことがありました。第五福竜丸が
保存されていることを..。
実際行ってこられたのですね。これもまた
人類が、核にまつわる過ちのモニュメントと
して残しておきたいものです。
今、解決に困難を極めている福島第一原発も
またしかりかもしれません。とにかく世界で
も一二の大原発ですから。
【2011/06/26 21:52】 | 地理佐渡.. #i104y3BE | [edit]
ディックさま~こんばんは~♪

ビキニでの第五福竜丸のことは知っておりましたが、
半世紀後に福島の事故が起こり、国も企業も自覚を持ち、
国民全体で考えなければならない時がきました。

真夏のお花、アメリカンディゴの姿が眩しく、圧倒されます。
やはり舞浜方面の被害をTVで見ておりましたが、凄かったですね。
この日は暑かったのではないでしょうか~もうお疲れは取れましたでしょうか。
【2011/06/26 21:48】 | 紗真紗 #- | [edit]
こんばんは

この第五福竜丸の話を先日放射能の話の時に聞いたばかりでした。
50年余を経て叉こういうことが起こるのは想定外では済まされないですね。
夢の島はごみで埋め立てられたのでしたよね。
こうして綺麗に整備されて良かったですね。
【2011/06/26 21:01】 | hirugao #J7S1TTU6 | [edit]
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