「和田の里」を歩く(1)

2011.05.30(21:00)

【牛頭天王社の和田義盛の碑】

和田義盛の碑110519

 5月19日快晴だ。前日にひき続き、外を歩きたい。
 またまた京浜急行に乗って三崎口駅まで行った。前日は苦労したので、きょうは場合によってはコースの一部を端折ってもよい、と考えていた。
 きょうは山側のコースで、「和田の里」付近を歩きたい、と考えた。
 父型の祖先は三浦氏に仕えていたとされているのだが、本家筋から聞いたところでは、三浦氏の支族の和田家に仕えていたらしい、という。和田義盛 (三浦義村の従兄弟) は鎌倉幕府の初代別当を勤めたが、北条義時と対立して「和田合戦」で滅ぼされた。
 三崎口からバスに乗って和田で下車し、まず「和田の里」の鎮守とされていた牛頭天王社の和田義盛の碑を見て、それから和田城趾を捜しに歩いた。
 例によって路傍の花など撮影しながら、この日も最初は軽快だった。


【オオトキワツユクサ】

トキワツユクサ110519

 房総半島と三浦半島は陸続きだったから、三浦半島の「トキワツユクサ」は、じつは「オオトキワツユクサ」だと ブログ「土のうた」の nakamura さんのご教示を得た。
 それで「トキワツユクサ」と「オオトキワツユクサ」の見分け方など、ネットを使って調べてみた。
 「トキワツユクサ」は小さくて、茎と葉裏が赤紫色だという。わが家の「トキワツユクサ」はどうも「トキワツユクサ」でよいらしい、と思われるが、上の写真は茎がはっきりと緑色に写っている。
 それに、思い出してみると、この写真を撮ったとき、ずいぶんと成長のよい、背の高いトキワツユクサだなあ、と思っていた。
 上はやはり「オオトキワツユクサ」だろう。


ヒルガオ

ヒルガオ110519

 今年初めてのヒルガオ。
 萼は調べていないが、葉が典型的なヒルガオであり、コヒルガオではないと思われた。


県立平塚農業高校初声分校の温室

県立平塚商業高校110519

 写真は県立平塚農業高校初声分校の温室だが、これを右に見て少し行き、「左への曲がり角の道路沿い」に和田城趾の石碑がある、という。「」内はどういう表現なのか。曲がった道路沿いなのか、曲がらず進んだ道路沿いなのか、どちらかわからない。両方をかなり歩いた。三十分近く捜した。かなり大きな石碑のはずが、とうとう見つからなかった。
 ああ、なんといい加減なガイドブックだ。地図もついているのだが、これが当てにならないことは昨日すでに証明済みなのだった。
 バス停から往復一時間程度かかるという「天養院」という寺の参拝は、この時点で断念した。それに、このガイドブックの所要時間は、ぼくが実際に歩くと倍くらいはかかるのだ。用心したほうがよい、と思った。
 (つづく…)


シャルル・ドゥ・ゴール】(日本大学生物科学資源部バラ園のバラ)

シャルルドゴール110519

 すでに「ブルーライト」を紹介しているが、紫色系のバラの代表格が「シャルル・ドゥ・ゴール」だ。
 フランスのメイアン社が1974年に作出。
 「港の見える丘公園」のバラ園にもあるが、大輪のこの花は、見に行くと大概傷んでいて、なかなかよい写真を撮ることができない。この花はかなりよい状態だが、それでも縁のほうは傷み始めていた。


ブルー・ムーン】(日本大学生物科学資源部バラ園のバラ)

ブルームーン110516

 紫色系をもうひとつ。上の写真は「ブルームーン」だ。
 ドイツのタンタウ社が1964年に作出した。銘花と言われているそうだ。
 「ブルーライト」もそうだが本来の紫色の紅色成分をできるだけ落としていって、ブルーと称しているように思われる。


バルカロール】(日本大学生物科学資源部バラ園のバラ)

バルカロール110516

 色の話のついでだが、黒バラというのがある。実際に黒いわけでなく、濃い赤のバラが限りなく黒に近づいていった、という感じになっている。
 上の写真は「バルカロール」。ドイツのタンタウ社が1989年に作出した。バルカロールというのはゴンドラの舟歌のことだ、と説明の札にあった。

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【わが家の開花情報】

 ・シチダンカ
 ・ブルーのセイヨウアジサイ
 ・アフリカン・サン

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 本日の記事は二本だ。下にバイカウツギの緊急掲載がある。
コメント
紗真紗 さん、
牛頭天王社なんて、そもそもまったく知りませんでした。
出歩いて、帰ってきて、見てきたものをまとめていると、いろいろと勉強になります。
【2011/05/31 20:53】 | ディック #- | [edit]
mico さん、
平塚農業高校初声分校の敷地は広大でした。温室はそのほんの一部なのです。この辺りに和田義盛の館があったはずです。鎌倉幕府の有力な立役者でしたが、北条氏との争いに敗れてしまいました。
【2011/05/31 20:51】 | ディック #- | [edit]
地理佐渡さん、
相模国から佐渡へ…、鎌倉幕府が御家人を派遣したのですね。
三浦半島付近では、地名と苗字が同名の方が多く、歴史を感じます。
【2011/05/31 20:48】 | ディック #- | [edit]
nakamura さん、
たまたまきょうも三浦海岸付近でオオトキワツユクサを見かけました。
わが家のものと花の大きさはほとんど同じですが、葉や背丈がまったく違います。茎も太いです。
「貴婦人」とはうれしいですね。
【2011/05/31 20:41】 | ディック #- | [edit]
ディックさま~こんにちは~♪

牛頭天王へいらしたのですね~♪
歴史を感じながらの散策がいいものですね~
学生の時、「牛頭」という方がおりましたので、
すんなり読めました。。。
>この日も最初は軽快だった。
あぁ~そのように進路をとられたのですね。

シャルル・ドゥ・ゴールとブルー・ムーンのバラは
気品があり言うことがないですが~~
バイカウツギはブーケのようでも~一段と清らかでした~♪
【2011/05/31 17:01】 | 紗真紗 #- | [edit]
初夏の里山の散策、気持よさそうです。
立派な音質ですね。
薔薇の美しさに見惚れています。
【2011/05/31 06:36】 | mico #NkOZRVVI | [edit]
おはようございます。

歩いて見ると色々見られそうな土地柄です。
ほどほど自然も残っていることでしょう。
古くは鎌倉幕府発足を支えた武士達の故郷。
三浦氏とか和田氏なんて何とも言えぬ名称
です。ちなみに、佐渡は相模の国から本間
氏が地頭として来ています。また他にも
相模の国から入った一族の姓がいくつもあ
ります。おもしろいものです。


【2011/05/31 05:49】 | 地理佐渡.. #i104y3BE | [edit]
こんばんは。

トキワツユクサのお話は茎の色で区別、素人には難しいです。房総のオオトキワツユクサもディックさんのお宅とまったく同じです。
こちらの裏山では明らかに小さい花です。
なお、下のウツギはすばらしいですね。垂れる姿が貴婦人の様です。
【2011/05/30 22:08】 | nakamura #- | [edit]
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