
今年は尾形光琳300年忌ということで、熱海の美術館で『記念特別展「燕子花と紅白梅」 光琳アート -光琳と現代美術-』が開かれています。
3月3日までなので残りわずか。昨日2月27日に観にいってきました。

エレベーターのトンネルのカラー・アートはMOA美術館の名物です。


黄金の茶室の復元展示もこの美術館の名物となっています。
3回目の挑戦で、ようやく見られる写真になりました。金の輝きをとらえるのは、簡単ではないと感じます。


以下、美術館の庭園の様子が続きます。


松、竹、梅と並べてみました。

やはり紅白揃えましょう。


熱海駅前平和通り商店街の「海蔵」で遅い昼食をいただいて、海岸の方へと下っていきました。
これは「坂町の寺桜」です。明治の初めにはここに医王寺という寺があり、境内に植えられた桜のうちの一本だ、と言われているそうです。

大寒桜(おおかんざくら)という品種で樹齢130年だそうです。


糸川遊歩道まで下っていき、アタミザクラが少しは残っていないか、と期待したのでしたが、ご覧の通り。

咲き残りの花の様子は、妙に妖艶な感じがしました。

喜蔵院と勝手神社を見たあと、ぼくは「吉水神社」(よしみずじんじゃ)に向かった。
もう、金峯山寺・蔵王権現の提灯が目立つようになっている。
じつは、とにかく吉野山へ行くんだ、とろくに予習もしないで出掛けたために、ふつうの仏教とは違う修験道(修験宗)のあやしい雰囲気に、ずっと戸惑い続けていた。
吉水神社が世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成要素の一つとなっていることも後から知った。

吉水神社のホームページにしたがって、簡単に紹介すると…
「元は吉水院といい、天武天皇のときに役行者が創建した修験宗の僧坊でした。明治時代の神仏分離のときに、ここが後醍醐天皇の時に南朝の皇居であったことから、吉水神社に改められました」ということらしい。

「後醍醐天皇の玉座」(上の写真)とか「頼朝に追われた源義経と静御前の潜居の間」(下の写真)とかがある。
展示された宝物の中には後醍醐天皇が使われた硯箱など日常の品々があり、「えー? これ本物」と驚いたのは「蝉丸の琵琶」。朽ちかけていた。これで音を出せたとはどうも信じられない。
例によって、怪しげな話も残っている。「弁慶の力釘」といって、弁慶が2本の釘を石に親指で押し込んだその石が残っている。その様子を見て頼朝の追っ手が恐れて逃げだしたのだそうだ。
また、秀吉が吉野で花見の宴を催したとき、ここを本陣としたといい、それに関連した品々も残っている。


こちらの写真では、「義経潜居(隠れ住むこと)の間」の右側に、弁慶控えの間が見えている。
「後醍醐天皇の玉座」とか「義経の座敷」と「弁慶の控えの間」とか、そんなものを写真撮ってよいのか、と思ったが、とくに「禁止」の表示がない。
なんとなく遠慮して、二、三枚をそそくさとしか撮らなかったのと、著しく暗いのとで、よい写真にはならなかった。
ブログ記事にするのにやはり心配なので調べてみた。
宮司の講演録が見つかった。「吉水神社では写真撮影を禁止していない。これは私の宮司としてのスタンスで、
重要な美術品は国民の財産だと考えている。是非、玉座の写真を撮りに来てください」と書いてある。
この宮司さん、こうした発言の一方で、ヘイトスピーチでも話題となっている。当ブログではこの問題には深入りしないこととする。

上の写真、左側の平屋建てに見えるのが、「後醍醐天皇の玉座」と「義経潜居の間」などがある書院だ。平屋建てに見えるが、この地域の建物は一筋縄ではいかない。
下の写真を見ていただきたい。

見晴らしのよい側へ回れば、このような建て方になっている。

書院からは、金峯山寺の蔵王堂がこんなに近くに見える。

書院の庭の一部。

これは吉水神社の多宝塔。

多宝塔の近くのピラカンサがきれいだった。
朝からずっと歩き回っていたので、ぼくはかなり疲れていた。
いろいろと物珍しい品々がある一方、怪しげなものもあるので、疲れもあって注意深く見て回ることができない。もう少し身を入れて見学すればよかった、と反省しているが後悔先に立たず。
ただ、4月に再訪を考えている。下千本、中千本の桜と蔵王堂、吉水院くらいなら、ゆっくり見られるかも知れない。どれだけ混雑するのかは見当も付かないが…。

きょうはブログはひと休みです。
写真は根岸森林公園のシダレヤナギです。

もう1枚。
根岸森林公園「馬の博物館」庭園のシダレウメです。
明日は少し遠方の美術館へ遠征を計画しています。
【アイスバーグ】

2月3日撮影です。
2月10日になると、下記のように開きました。
真冬だというのに、次から次へと咲きます。寒いのが好きなようなので、そのまま咲かせました。

【スイセン三種】

三種とも、2月20日の撮影です。


最後の八重咲きのスイセンは、ブログに載せるのは何回目でしょうか。
次から次へと咲いて、ずいぶんと花期が長い。
倒れたら、切ってから花瓶に挿すと、家の中がよい香りになります。
【クリスマスローズの開花】

撮影は2月20日。その二、三日前に開花しましたが、首をもたげてなんとか見えるようになりました。
【白いボタン】

夕刻の撮影だけでしたので、2月20日、陽射しを浴びたところを撮りました。
このあと、夜間の強い風に煽られたため、一番若い花しか残っていません。

大和三庭園のひとつ 竹林院の「群芳園」を散策したあと、「桜本坊」に立ち寄り、「天武天皇・夢見の桜」など眺めて「修験道」について考えた、というのが、吉野山散策の前回までの記録です。
そのあと訪れたのは喜蔵院(きぞういん)。
金峯山寺の子院(塔頭)で、平安時代初期に智証大師円珍が一宇の堂を建てたのが始まりとされる、と吉野山観光協会のページにありました。
智証大師円珍といえば、ぼくは比叡山で憶えました。つまりは天台宗の僧侶です。
前回、修験道と密教は山岳修行という面から親和性があるということを勉強しましたが、やはりここで出てきました。


喜蔵院の本堂です。

こちらの写真は勝手神社(かつてじんじゃ)。
大海人皇子(後の天武天皇)が社殿で琴を奏でたところ、天女が舞い降り、袖を振りつつ5回舞ったと伝えられるそうです。
このような妙な伝説が残るところが、いかにも修験道の吉野山、というところでしょうか。
社殿が見えませんが平成13年9月27日に不審火で焼失。現在再建復興のための寄付を募っているようです。「ご神体」は吉水神社(この記事の後に参拝します)に仮遷座されているとのこと。

さて、付近の通りを紹介しておきます。

こんな様子ですが,道路の片側は崖で、家々は2階もしくは3階が店先や出入り口になっています。それだけ山が急だということです。


崖下から伸びたクサギ。花が咲いています。
妙なところに電線があると思われるでしょうが、崖下から見れば、ふつうに電線のある高さ、というわけです。
【日常の記録】
2月24日、スキップの散歩で根岸森林公園へ。スポーツ・ジムでストレッチ&筋力トレーニング。
【カンヒザクラ】(寒緋桜)

【コブシ】

【オオバヤシャブシ】

以上の樹木の枝は、花にはまだ早いですが、「さあ、春だ」と感じさせる力があります。
【オオイヌノフグリ】

こちらはすでにみなさんのところでも拝見していますが、シベにフォーカスが当たって気持ちよく撮れたので。
【日常の記録】
2月22日、スポーツ・ジムでストレッチ&筋力トレーニング。
2月23日、料理教室(五目ずし、菜の花のからしあえ、すまし汁)。

2月21日の横浜市児童遊園地です。横浜市保土ケ谷区狩場町にあり、わが家から自動車で30分弱のところです。
ふだんはあまりやりませんが、この写真ではF18まで絞り込んで、近くから遠くまで焦点が合うようにしました。

横浜市児童遊園地には梅林があり、昨年のうちから目を付けていました。
根岸森林公園の梅林にはない品種も見られます。
道路を挟んで「横浜市こども植物園」がありますが、この日はこちら児童遊園地の梅林が目当てでした。
【月影 〜 野梅系・青軸性のウメ】

根岸森林公園の梅林には、野梅系・青軸性 八重咲きの「大輪緑萼」があります。
ほかに「一重茶青」もありますが、その「一重茶青」はあまり元気な株ではなく、花数が少なくていまひとつ物足りなく感じていました。
しかし、ここ横浜市児童遊園地の「月影」は一重咲きの野梅系・青軸性の梅として、たいへん美しいではありませんか。

萼の色が淡い緑色で、新しい枝の色も緑色。
萼や枝に紅色が感じられないというだけで、これほど雰囲気が変わります。

【日常の記録】
2月18日、スポーツ・ジムでストレッチ&筋力トレーニング。読書。
2月19日、健康診断。
2月20日、本牧山頂公園散策。横浜バロック室内合奏団定期演奏会/みなとみらい小ホール。
2月21日、根岸森林公園散策。横浜市児童遊園地&横浜市自然植物園散策。怪物島/ジェレミー・ロビンスン 読了。