
「古典式庭園のほうへもどるしかない」と風景式庭園らしき景色を探し回るのを諦めた、というところで前回の記事は終わっている。
昨晩、かみさんに確認したら、ローシャムハウスの前庭へは出てきて、ハーハーも見たらしい。ぼくが真っ先に出てきて、うろついていた時間が長かったということのようだ。
ともかく、撤収を決意して後、
ローシャム・ハウスの大邸宅の前庭を西のほうへと回っていくと、こんなものが現れた。
最初「ハーム(herm)」(ヘルメス神像)を見つけたかと思ったが、胸の辺りをよくみると女神像のようだ。
ハームなら少し蘊蓄を書こうかと思ったのに残念だ(笑)。いずれにせよ、イングリッシュ・ガーデンでは散策路などに大きな壺だとか、神像だとかが配置されていて、目を楽しませるポイントを作るようになっていることが多い。
古典主義庭園の特徴だが、一部は風景式庭園にも受け継がれていった。

こんな小径、庭園用語で「ウォーク(walk)」沿いに置かれた。風景式庭園への過渡期のウォークは、古典主義庭園のウォークよりは少し自然な雰囲気だ。
ここで少し整理するが、
「なだらかな起伏のある地形に広い芝地が広がり、小川が流れて湖水に注ぎ込み、こんもりとした林が湖水を囲んでいる。そんな林の陰から、たとえばローマの神殿風の廃墟だとかがちらっと姿を見せて、風景の中に目をとめるポイント(focal point or eye-catcher)を作っている。」
そんなふうに馬でしか回れないような、いまでいう巨大公園風の庭ばかりでは、やはりやがて退屈になる。
古典主義庭園から風景式庭園へと流行が移っても、やがては飽きられる。そのあとにヴィクトリア朝の復活古典主義の時代がやってきて、それぞれのよいところを採り入れた現代の庭園へと流れが移っていく。
ローシャム・ハウスにも古典主義庭園が残っているように、現代の庭園では過去の庭園のよいところをいろいろと採り入れたものになっている、というのが実態らしい。
というわけで、とりあえずはこのように庭園史をまとめておいて、ダヴコットのある庭へと戻るまでに見つけたきれいな景色を並べておこう。





ローシャム・ハウスのメイン建物となる17世紀の建物はすでに紹介している。
その後、19世紀に建物が追加されたといい、全体像はつかみにくい。

パンフレットには、現在のオウナーはいまでも17世紀にローシャム・ハウスを建てたドーマー将軍と同じ家族だ、と書いてある。

今回のローシャム・ハウス・ガーデンのシリーズ記事では、写真を紹介すると同時に、読んでいただけるみなさんに英国の庭園史を少しでも理解してもらえればよい、と配慮した。
「古典主義庭園」が主流だったが、中産階級が力を持つにつれて「風景式庭園」に流行が移り、そしてまた古典主義の復活があって、いろいろな様式を採り入れて現代に至っている、ということだ。

以上、シリーズ4回の連続記事を読んでいただいて、ありがとうございました。