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10月下旬の庭の花(4)

2014.11.07(17:50)

【キクの仲間たち】

1410301 自宅庭 キクの仲間ピンク1


141031 自宅庭 キクの仲間ピンク2


141031 自宅庭 キクの仲間アイヴォリー


141031 自宅庭 キクの仲間薄いピンク

 キクの仲間たちは、雨風で倒れ、途中から起き上がったりしますし、花弁が妙に揃わずに欠けてみたり、色が微妙に変わったり、しかし、言葉を換えれば野趣を感じさせると言いますか、いかにも秋を感じさせます。


【センチメンタル】(10月24日)

141024 自宅庭 センタメンタル2


141024 自宅庭 センチメンタル

 こちらは園芸種のバラですが、咲いてみないとどんな花かがわからない。
 次は赤が多いか白が多いか、あらっぽい色分けになるのか、繊細に色が入り混じるか…、なかなか楽しみです。
 強健な性質で花数が多く、次々とと咲くので、待っているかいがあります。


 昨晩の記事にも書きましたが、義父が昨日昼頃、息を引き取りました。89歳でした。
 皆様にはお悔やみの言葉をいただきまして、心からお礼申し上げます。

 思い出してみると、
 義父にはゴルフクラブ・セットをもらい、ともに練習場に出かけて手ほどきを受けるなど、ずいぶんと世話になりました。週末や正月休みなどの家族麻雀は数知れず、泊まり込みで出かけたこともありました。仕事を引退された後は手料理(酢豚が絶品)を振る舞ってもらうこともよくありました。
 中学生以降はろくに会話すらなかった自分の父との関係を思うと、じつに濃密で長い時間を一緒に過ごしました。私の3人の子どもたちは私の父にはさっぱり懐きませんでしたが、義父にはかわいがってもらい、3人とも ”おじいちゃん” が大好きでした。
 ほとんど何の恩返しもできないまま亡くなられてしまったのがたいへん残念です。
 私はとくに信心もないので、自分の信じていない来世のことなど書けませんが、よかったと思うのは、まだ元気なうちに、曾孫の隼士を抱いてもらえたことです。古い考え方かも知れませんが、こうしてあなたの血は(現代風にいうならあなたのDNAは)しっかりと曾孫まで繋がりましたよ、ということでしょうか。
 義母が泣きながらぽろりと「○○○ さんは、夫として最高の人だった」と言いました。このようなことを言ってもらえる男性が、この日本に何人いるでしょうか。
 5月に自宅の玄関で転んで大腿骨を骨折したことが始まりでした。6月にはICUを出たり入ったり。かみさんと私が英仏旅行をキャンセルすべきかどうか悩んでいると、「おれは大丈夫だから行ってこいよ」と言ってくれました。
 9月には一時意識朦朧として、声をかけても返事がもらえない日々が続きました。
 フィリピンから一時帰国した次女と、長女とかみさんと私とで約一週間、毎日のように見舞いに行きました。津から長男も帰ってきて、見舞いに加わりました。次女は義父から返事をもらえなくても、フィリピンでたくさん友だちができた、こんなことがあった、あんなことがあった、とベッドサイドで喋り続けました。次女がもうニュージーランドへ旅立たねばならないという頃に、義父は反応を示し、少し言葉を返し、たまに笑顔も見せてくれるようになりました。
 それは奇跡の大復活でしたが、傷めた心臓と腎臓はもう限界だったということでしょう。
 私は義父に伝えそびれましたが、長いあいだお疲れ様でした、ありがとうございました、という家族全員の気持ちは、しっかり伝わっていたことと信じます。

2014年11月07日

  1. 10月下旬の庭の花(4)(11/07)