【ブラフ18番館】

10月31日ハロウィーン、横浜市中区・山手地区の西洋館廻りをしました。
【ブラフ18番館のアイスバーグ】

【ブラフ18番館のハロウィーン】
〈ハロウィーンのダイニングルーム〉


〈廊下の壁飾り〉

〈廊下の奥には…〉

〈テーブル飾りのある部屋〉

〈明るい窓際〉


いくつかの言葉が浮かびます。
秋 収穫 怖いもの 可愛いもの お洒落 美しさ
そんなところでしょうか。
【ツワブキ】
〈10月24日〉

〈10月26日〉

〈10月28日〉



【クイーン・エリザベス】
〈10月20日〉

米国のバラで、背が高く大輪になる特徴があります。
しかも、とても強く、強い剪定をかけても花の時季になる頃にはどんどん伸びて、簡単に2m くらいになってしまいます。
難点は、花を下から眺めなければなりません。
〈10月24日〉

〈10月28日〉

高さ30cm くらいの煉瓦積みの花壇の縁に登って撮影しています。

【日常の記録】
10月29日、午前中、桜木町駅前 Colette Mare で買い物。午後、東田陽子ソプラノ・リサイタル「日本のこころⅣ」/上大岡ひまわりの郷。
10月30日、特別展 輝ける金と銀--琳派から加山又造まで--/山種美術館。夕刻、旧同僚Oさんと懇談。
今日はもう残っているエネルギーがありません。
みなさんのところへうかがうのは明日ということでご容赦くださいませ。
【ナンテン】
〈自宅庭のナンテン〉(10月26日)

〈南側斜向かいの叔母の家のナンテン〉(10月28日)

〈向かいのOさん宅のナンテン〉(10月28日)

【ナエマ】(10月26日)

なかなか撮りやすい場所に咲いてくれません。
【北東花壇のバラ】
〈10月20日〉

このバラはかなり以前に植えたもので、品種がわかりません。
以下、同じバラなのか、と言われるかも知れませんが、白、ベージュ、薄いオレンジ、薄いピンクなど、そのときどきで色を微妙に変え、なかなか楽しませてくれます。
〈10月28日〉



【日常の記録】
10月26日、スキップの散歩で根岸森林公園へ。姪の結婚式出席。
10月27日、料理教室(うの花炒り、茶碗蒸し、信田煮)。歯医者。
10月28日、スキップの散歩で根岸森林公園へ。午後、スポーツ・ジムでストレッチ&筋力トレーニング。

2010年の10月から奈良や京都などをめぐり神社仏閣の旧跡を訪ねる旅を始めた。
ただ、本尊などの仏像は信仰の対象であるから、カメラでパチパチと気軽に写真を撮られることは好まれず、ほとんどの寺では「撮影禁止」となっている。
ひとつの旅行でたくさんの仏像を眺めることになるから、仏様の姿を拝んでも片っ端から忘れてしまうだろう、とはじめは思っていた。
ところが、仏像の写真集というのはたくさんあって、後からそれらをめくっていると、これは見たことがある、というふうに、案外と「画像記憶」はしっかりとしている。
人の記憶というのは大したもので、数多く仏像を見れば見るほど感性は鋭敏になり、しっかりと記憶に残るようになるようだ。
一度見たものは確かに記憶に残っていると、ぼくは自信を持つようになった。
歴史に関する記事や本などぼくはけっこうたくさんのものを読む。平城京ができる前の時代のことにも興味が出て、いろいろと学んでいるうち、飛鳥寺の飛鳥大仏の話が出てきた。
ところが、飛鳥大仏がどんな姿の仏像であるのか、さっぱり思い出せない。飛鳥寺は確かに訪れたことがあるのに、飛鳥大仏の姿を拝んだ記憶がない。
そういえば、と思い出す。近くに蘇我入鹿の首塚があると聞いて捜したのに見つからなかった。
2010年のあの頃、まだ心臓の不整脈の具合が不安定で、飛鳥駅から自転車を借りたのだが、途中不整脈が起きて、沈静化するのに時間が掛かった。道がわかりにくく、貸し自転車屋のモデルコースをこなすのに一生懸命だった。中には、「なんとなく適当に見てまわっただけ」というポイントも出てくる。飛鳥寺はどうもそんな感じだったようだ。
そう思うとずっと悔いが残る。
その後いろいろと学習してきた新たな目で、明日香村をまわってみたい、とくに飛鳥寺を訪れてみたい、と思っていた。
トップの写真は2010年10月4日に撮影した飛鳥寺で、お堂などをまともに撮影している写真はこの一枚のみだ。あまりの少なさが、しっかり気を入れて見学していなかった自分の心理をあらわしているような気がする。

10月17日、社会科見学らしい小学生がたくさん付近を歩いている。
すれ違えば「こんにちは」と挨拶してくる。こちらも挨拶を返す。東京や横浜ではほとんどないことなので「ああ、自分はいま明日香村にいるんだ」と思う。
友だちに神社の参拝方法を教えている子どもの声がきこえてきたり、この付近の小学生はさすがによく勉強していると驚いたりもする。

飛鳥寺(あすかでら)は奈良県高市郡明日香村にある蘇我氏の氏寺で、日本最古の本格的寺院でもある法興寺の後身である。本尊は「飛鳥大仏」と通称される釈迦如来、開基は蘇我馬子だ。
現在の建物は江戸時代に再建した講堂(元金堂)であり、元の法興寺または元興寺は平城京に移転し、上の写真の元 中金堂のみが「安居院」として残り、ここは通称「飛鳥寺」と呼ばれている。

写真は境内に残る法興寺時代の伽藍の礎石だ。
当時の法興寺は、現在の飛鳥寺周辺の田んぼを含む広大な敷地に建てられていた大寺院だったのである。

本尊の釈迦如来(通称飛鳥大仏)は飛鳥寺に残っている。鞍作鳥(止利仏師)作の本尊像だが、損傷が後の時代に修復されていて、頭部と、身体のごく一部のみがオリジナルだと言われている。

写真は撮っていただいてかまいません、とのことだが、2010年10月には一枚も撮影していなかったのだから、そもそも2010年には見ていなかったのかも知れない。
「右側と左側では表情が異なるので、必ず両側から撮影してください」などと注文を付けられる。

ただしフラッシュは禁止だ。
じつは、ぼくのカメラにはフラッシュは内蔵されていない。お堂の中などでもフラッシュなしで撮影可能なカメラを選んだのは、こういうときのためである。

中大兄皇子(後の天智天皇)・中臣鎌足らのいわゆる乙巳の変のクーデターによって、蘇我入鹿は伐られ、雨が降る外に遺体を打ち捨てられたという。
その首塚が現・飛鳥寺の西側の田んぼの中にある。
こんなに目立つものを、2010年には見つけられなかったというのだから、この飛鳥寺については、当時のぼくは妙に運が悪かったか、ぼんやりしていたか…。
ともかく、今回再訪して、ようやく気持ちが落ち着いた。
【日常の記録】
10月22日、原稿書き。ショスタコーヴィチなどを聴いて過ごす。
10月23日、スキップの散歩で根岸森林公園へ。午後、スポーツ・ジムでストレッチ&筋力トレーニング。ノルウェーTV映画『私立探偵ヴァルグ--死の代償』
10月24日、スキップの散歩で根岸森林公園へ。横浜バロック室内合奏団定期演奏会(ボッケリーニ:ギター五重奏曲、ヴィヴァルディ: ヴァイオリン協奏曲集『ラ・ストラヴァガンツァ』より第1〜第6曲など)
10月25日、San Poの会「三浦氏の史跡を訪ねる」。北久里浜駅→満昌寺など三浦氏ゆかりの寺→衣笠城趾(三浦氏の居城)→衣笠山公園→佐野天然温泉処 のぼり湯→横須賀中央駅。アップダウンが厳しく大汗をかきました。
【アルテミス】

アルテミスはギリシャ神話の狩猟・貞潔の女神の名をもらっています。
その名にふさわしいといいますか、アイヴォリー色でとても地味。その魅力を写真にとらえるのはなかなか難しく感じます。
上はウッドデッキのフェンスから垂れ下がったアルテミス。
下は内側へ伸びてきたアルテミスです。

朝の柔らかい光の下で撮影していますが、雨の日などはなにやら寂しい感じになります。
【チュチュ・オプティマ】

これもチュチュの名が似合った可愛らしさですね。
ミニバラで、鉢をウッドデッキに置いて育てています。
以上、いずれも10月24日の撮影です。

11月30日からイギリスのテレビ映画シリーズ『ダウントン・アビー』の第2シーズンがNHKテレビで放送されます。それに先立ち、人気シリーズを見逃した方のため、11月1日深夜(2日午前)に第1シーズンのアンコール放送が予定されています。
第1シーズン第1話の始まりは…
———— 1912年。「ダウントン・アビー」当主のグランサム伯爵、ロバートに豪華客船タイタニック号沈没の知らせが入る。船には爵位と財産の継承者であるいとこと、その一人息子が乗っていたのだ。ロバートには3人の娘がいたが、女性には継承権がなく、悲報とともに相続人不在の事態に。次の継承権者は、面識もない中流階級の青年だった。一方、脚が悪いベイツが新しい従者として雇われる。その座を狙っていたトーマスは…。
というような物語なのですが、さて…。

そもそも アビー(Abbey)というのは大修道院ないしは「元大修道院で貴族の屋敷として使われるようになった大邸宅」のことをいいます。
そんなものが「どうして人気物語になるのか」というと、そもそもイギリスは階級制度が残っている国で、独特の文化を残している国だからです。
イングランド南東部にある巨大なカントリー・ハウスと領地の運営は、貴族が先祖代々引き継いできた「文化」なのであり、それを守ることに意義がある、と考えられているのです。

こんなふうに簡単に説明されても、文化の異なる日本人にはなかなか理解できません。
「Downton Abbey」のグランサム伯爵が必死に守ろうとしている大邸宅と領地、そして使用人たちの生活の様子は映画を見ていただかないと想像しにくいとは思いますが、ぼくは去る6月18日、ウォバーン・アビー(Woburn Abbey —— イングランドのベッドフォードシャー州ウォバーン付近に存在するベッドフォード公爵の邸宅)を訪問しましたので、その様子のごく一部を紹介したい、と思います。

最初に領地のゲートをくぐり、Abbey(大邸宅の建物)に達するまでの様子です。
動物たちを驚かさないよう、バスは低速運転を指示されており、ゆっくりと10〜15分以上走らなければなりません。いろいろとルートがあるらしく、すばらしい光景を見られるかどうかは運転手次第。バスのどちら側に座っているか、という運不運、動物たちがサービス精神を発揮してくれるかどうか、という運不運もあります。
この日、ぼくは unlucky だったようなので、昨年6月のかみさんの写真を中心に紹介します。昨年のかみさんのイギリス旅行と、今年の夫婦での旅行と、訪問先はこのウォバーン・アビーのみが重複していました。
つまりかみさんは2回目の Woburn Abbey 訪問なのでした。
以上の写真は昨年6月にかみさんが撮影した ベッドフォード公爵の領地内の様子です。
そして、以下の写真は今年6月、ぼくが撮影した領地内の様子です。

イギリスのホームページなど、どれだけ捜してみても、領地の広さを記載したものは見つかりませんでした。
どんな事業をやっているかとか、そういうことは詳しく記載されているのですが。

領地内の道路には、「騎乗者が横切ることがあるので注意」などの標識がたくさんありました。


領地内には大きな池というか
、湖もあります。


これが大邸宅 Woburn Abbey です。
以上の写真はすべて、この大邸宅へ向かうチャーター・バスの中から窓越しに撮影しています。
上の写真も、遠くから望遠レンズで撮影したものです。近くまでいってバスを降りてしまったら、建物が大きすぎて広角レンズでも歪んでしまい、よい写真が撮れません。

10月18日、初瀬山・長谷寺の本堂を少し下った境内の一画に、フジバカマがたくさん咲いていて、ぼくが初めて見るアゲハチョウが数匹、その辺りを舞っていました。
フジバカマ(葉をしっかり確認しました)は数が激減しており、準絶滅危惧種に指定され、横浜ではまず見ることができません。観賞用として園芸店で販売されているそうです。
これはよい機会に恵まれたと喜んで、フジバカマとチョウに囲まれるようにして二十分余りを過ごしました。

本堂から降りてくる観光客の会話が耳に入ります。
「お、きれいだ! なんの花かな」
「ああ、あれはシモツケよ。間違いないわ」
ぼくは花と蝶の撮影に専念して、顔すら上げませんでした。
《追記》(10:22 PM17:07)
旅行中の新聞を点検していたら、18日(土)の日経新聞の夕刊にアサギマダラの記事が掲載されていました。
夏に東北地方の山地まで北上したアサギマダラは、9月に入ると南下の旅を始め、10月には紀伊半島付近を南下していくとのこと。
ちょうど奈良県南部の初瀬山でアサギマダラに出会うとは、まさにどんぴしゃのタイミングだったのだ、と自分の運のよさに気が付きました。
【日常の記録】
10月14日、荷造り、旅行準備。『虎と月』(柳広司)読了。
10月15日、のぞみ101号にて、京都経由、橿原神宮前駅へ。ホテルへ荷物を預け、郡山散策。近鉄郡山駅→箱本館「紺屋」→洞泉寺→郡山八幡神社→養魚池地域→郡山金魚資料館→永慶寺→柳澤神社→郡山城跡→近鉄郡山駅。
10月16日、橿原神宮前駅→吉野→吉野ロープウェイ→吉野山→バスで奥千本へ。以降徒歩。金峯神社→西行庵→金峯神社→義経隠れ塔→吉野水分神社→花矢倉展望台→竹林院→吉水神社→金峯山寺・蔵王堂。以上徒歩。近鉄ロープウェイにて吉野駅→橿原神宮前駅へ戻る。
10月17日、橿原神宮前駅より徒歩。石川池(孝元天皇陵)→水落遺跡→飛鳥寺→奈良県立万葉文化館(安野光雅『御所の花』展)→藤原鎌足誕生地→飛鳥坐神社→飛鳥資料館。帰路は最終バスにて飛鳥駅まで。飛鳥駅→橿原神宮前駅→ホテル。
10月18日、橿原神宮前駅から長谷寺駅へ。長谷寺境内等散策。近鉄にて長谷寺駅→桜井駅→三輪駅。以降徒歩。大神神社→狭井神社→展望台→若宮神社→三輪駅。三輪駅より大和八木経由で橿原神宮前駅へ戻る。『永遠のディーバ』(垣根涼介)読了
10月19日、橿原神宮前駅から近鉄にて畝傍御陵前駅へ。徒歩にて藤原宮跡のコスモス畠へ。じっくり撮影など楽しんで、昼食をはさみ、徒歩で神武天皇陵→橿原神宮裏の森を通り、橿原神宮へ。橿原神宮前のホテルへ戻り荷物ピックアップ後、京都駅経由帰宅。
10月20日、料理教室(肉じゃが、なすとピーマンのみそ炒め、かきたま汁)。午後、写真バックアップ、MACメインテナンス。『マスカレード・イブ』(東野圭吾)読了。日本生命担当者面談。
10月21日、洗濯物アイロンかけ、片付け。スキップの散歩。MACメインテナンス。原稿書き。