fc2ブログ

鎌倉・和田塚

2014.03.24(10:00)

【江ノ電・和田塚駅】

和田塚駅の江ノ電140317

 鎌倉駅から江ノ電に乗車して藤沢方面へ向かう最初の停車駅が「和田塚」です。
 この日は鎌倉駅西口から今小路をここまで歩いてきました。


【和田塚】

和田塚全景140317

 「和田塚」というのは、和田一族の乱で北条氏に滅ぼされた和田一族の墓ということで、碑が建てられ、和田塚と呼ばれるようになったのですが、実際には「古墳時代の円墳であろう」ということのようです。


和田義盛一族の墓の墓碑140317

 有力な御家人に謀反の疑いをかけ、追い込んでいって滅ぼしてしまう北条氏のやり口があまりに汚いので、実際には北条泰時が切り拓いたと言われる「朝比奈の切り通し」も、和田義盛の子朝比奈義秀が一夜にして切り拓いたと伝承されたり、庶民は権力争いに負けた側の味方をする、ということでしょう。


若宮大路東西屋敷配置図140311

 和田義盛は三浦氏の出で、鎌倉幕府の侍所別当であり、有力な御家人でした。
 上の写真のように、八幡宮に向かって若宮大路の左側に和田義盛の屋敷、右側が北条泰時の屋敷だったいうことで、和田義盛の力の強さが確認できると思います。

 なお、北条泰時の屋敷の南側に若宮大路幕府、宇都宮辻子幕府の文字がありますが、これらは実朝が亡くなって京都からお飾りの将軍を招き、執権北条氏の傀儡としてトップに据えるようになった以降の幕府の所在地であり、頼朝、頼家、実朝時代の鎌倉幕府ではありません。


立ち並ぶさまざまな墓碑140317

 和田塚の地には、古いものから新しいものまで、さまざまな墓碑が建てられています。


荒れ果てた石仏140317

 石仏もおそらくは由来がわからず、こんな状態。


和田塚の元はこれらの五輪塔か140317

 元から並んでいたのは、後ろのほうにまとめて放置されている、これらの五輪塔だったのかも知れません。
 くずれてしまって、ごちゃごちゃになっていました。


【和田塚駅】

和田塚駅縦140317

 歩いて一分ほどの和田塚駅までもどってきて、これから藤沢行きに乗り、長谷までいきます。
 長谷からは歩いて、21日の記事に書いた「権五郎神社(御霊神社)」へお参りしたのでした。

2014年03月24日

  1. 鎌倉・和田塚(03/24)