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黒っぽいツバキ 〜 鎌倉・海蔵寺付近(2014.3.24)

2014.03.27(16:00)

黒っぽいツバキ1140324

 毎年この時季に鎌倉を訪れるのは、海蔵寺の参道に向かう左手、ある民家の門前にはみ出してきている、このツバキを楽しみたいから、と行っても過言ではありません。
 同時に源氏山公園のツバキを見てまわりますが、こちらのお宅のツバキは手入れがよく、けっして期待を裏切ったりしないからです。


黒っぽいツバキ2140324

 ツバキにはよくあるのですが、雄蕊が八重化しきれていないので、雄蕊が不規則に残っています。
 その花芯の辺りの色が黒っぽく沈み、独特の色合いとなっているのが好きなのです。


黒っぽいツバキ3140324

 野趣に溢れていながらも風格が感じられるのがいい。


黒っぽいツバキ4140324

 源氏山公園のツバキとどちらを先に出そうか、と迷いましたが、やはり「好きなほうが先」ですね。


黒っぽいツバキ縦5140324


黒っぽいツバキ6140324


黒っぽいツバキ7140324


【日常の記録】

 3月26日、一日中おとなしくしていたのに、夕食以降テレビを見ていても頭が重く体調がよくありません。入浴を控えて就寝。 
 3月27日、5時間半くらいしか寝ていないのに目が覚めて、どうしようかと思いましたが、午前中スポーツクラブへ出かけました。横浜駅前で昼食を済ませての帰り、嘘のように気分がすっきり。
 スポーツクラブへ出かけるときはいつも「あまり間隔が開きすぎないように…」くらいのつもりで、さほど積極的ではないのですが、帰りはいつも気分爽快。ストレッチと筋力トレーニング程度でも、身体を動かしてしまうと体調がよくなるのです。
 

フラサバソウ

2014.03.26(19:00)

【フラサバソウ】

フラサバソウ横140322

 オオイヌノフグリに一見似ていますが、色が薄く、大きさが半分と少しくらいしかありません。
 フラサバソウというのですが、三年ほど前、根岸森林公園のソメイヨシノの林の中、大きな木が倒れた跡なのか土が軟らかくなっているところに、たくさん群がっているのを見つけました。
 昨年も、一昨年も出てきました。


フラサバソウ140322

 色や花の小ささのほかに、見分け方としては、この毛の多さです。
 上からちょっと見たくらいではわからなくて、マクロレンズで覗いてみて気が付くくらいです。


フラサバソウ2140322縦大

 最近は、扱いにくい CANON の100mm Macro レンズをなんとか使いこなそうと練習していますが、さすがに相手がこれほど小さくなると、大きく写らないので、今回は Olympus E5 + 50mm Macro レンズを使いました。
 それでも小さいので、35mm Macro を持ってくればよかった、と思いましたが、表現力は 50mm Macro のほうが上質なので、なんとか工夫して撮ってみました。


フラサバソウアップ140322

 以上、いずれも3月22日の撮影です。
 下に3月4日に金沢自然公園で撮影したオオイヌノフグリの写真を載せますので、比較してみてください。


【オオイヌノフグリ】

オオイヌノフグリ140304Olympus


【日常の記録】

 家事を片付け、スキップを根岸森林公園に散歩に連れて行き、溜まっていた新聞を熟読し、証券会社の営業マンの相手をし、ブログの記事を書いていると、一日が暮れました。

鎌倉幕府・問注所跡 〜 鎌倉市立御成小学校

2014.03.25(23:30)

鎌倉市・御成小学校付近全景140317

 鎌倉幕府の創設はいつか、という議論があるようですが、それを議論するにはそもそも「幕府とは何か」という定義をはっきりさせなければなりません。
 幕府を機能面から考えると、軍事・警察を担当する侍所、公文書の発行・管理を行う公文所(後の政所)、訴訟を担当する問注所などが必要とされたらしいですが、それらを統括するのが武家政権の実権を握っていた源頼朝です。
 それなら、頼朝そのものが幕府ではないか、とも言えそうです。
 これを形式面から「実権者は征夷大将軍に任官していなければならない」とするのが従来の通説。
 この通説に合わせて、源頼朝の居所であった大蔵郷の御所を大蔵幕府として、初期の鎌倉幕府の所在地としてきたようです。
 機能面からは、少なくとも侍所と問注所は大蔵御所内にあったようですが、訴訟にきた連中が怒鳴り合う声が聞こえてうるさい、というので、頼朝は問注所の移転を決め、後に問注所は少し離れたところへ移転したそうです。

 その問注所が移転した場所というのが、現在の鎌倉市立御成小学校です。


御成小学校正門140317

 ところで、明治政府は明治32年に皇女であった富美宮・泰宮らの避寒のため鎌倉に御用邸を建設。その敷地を昭和6年に鎌倉市に払い下げて、そこへ鎌倉郡立御成尋常高等小学校(現在は鎌倉市立御成小学校)が開校しました。
 校門は御用邸の冠木門を利用したというので、このような立派な門になっています。


御成小学校・旧講堂外から140317

 昭和8年に建てられた古い講堂がまだ残っていて、門構えと同様、独特の景観となっています。


御成小学校・旧講堂見上げ140317

 3月17日は鎌倉駅西口を出て、真っ直ぐ正面へ歩いた「市役所前」の交差点を左折、今小路という通りを南へ歩き始めるとすぐこの御成小学校が右に見えます。
 今小路通りをさらにそのまま進むと「六地蔵」の交差点。そのまま今小路通りをさらに進むと、やがて江ノ電の「和田塚駅」に着きます。
 ここで3月24日の記事の通り「和田塚」を見学し、江ノ電で「長谷」へ出て、長谷駅から線路沿いに歩いて3月21日の記事の「権五郎神社」へお参りしたのでした。

 ついでですから、下に「六地蔵」交差点の写真も入れておきます。


六地蔵交差点140317 

 さらについでに、今小路通りを和田塚まで行く途中、古い銀行の出張所跡を見つけたので、下へ入れておきます。


横浜何とか銀行由比ヶ浜出張所140317

 横浜興信銀行由比ヶ浜出張所跡。昭和2年竣工。


【日常の記録】

 3月23日は朝のうちにカメラを持って近所をまわり、あとは一日中おとなしくしておりました。津から帰って来ていた長男も、千葉の谷津から来ていた長女と孫も、夕刻帰っていきました。
 3月24日、晴天。9時過ぎに出て北鎌倉へ。山ノ内から亀ヶ谷坂切り通しを抜けて扇ガ谷まで歩いて見ました。薬王寺へお参りして仮粧坂から源氏山公園へ登りました。ちょうどツバキの最盛期。いろいろとよい写真が撮れました。
 3月25日、横浜線で橋本へ出て、バスで「城山かたくりの里」へ行ってみました。昨年は遅すぎたので、意識して少し早めに行ってみました。それなりの成果はありました。いずれ記事にいたします。

庭のスイセン

2014.03.25(12:00)

庭のスイセン正面横並び140318

 3月中旬に新たに開花した花壇のスイセンです。
 3月18日撮影。


庭のスイセン縦140322

 3月22日撮影。


花壇の八重のスイセン140318

 以前紹介した八重のスイセンもまだ元気です。
 3月18日撮影。

鎌倉・和田塚

2014.03.24(10:00)

【江ノ電・和田塚駅】

和田塚駅の江ノ電140317

 鎌倉駅から江ノ電に乗車して藤沢方面へ向かう最初の停車駅が「和田塚」です。
 この日は鎌倉駅西口から今小路をここまで歩いてきました。


【和田塚】

和田塚全景140317

 「和田塚」というのは、和田一族の乱で北条氏に滅ぼされた和田一族の墓ということで、碑が建てられ、和田塚と呼ばれるようになったのですが、実際には「古墳時代の円墳であろう」ということのようです。


和田義盛一族の墓の墓碑140317

 有力な御家人に謀反の疑いをかけ、追い込んでいって滅ぼしてしまう北条氏のやり口があまりに汚いので、実際には北条泰時が切り拓いたと言われる「朝比奈の切り通し」も、和田義盛の子朝比奈義秀が一夜にして切り拓いたと伝承されたり、庶民は権力争いに負けた側の味方をする、ということでしょう。


若宮大路東西屋敷配置図140311

 和田義盛は三浦氏の出で、鎌倉幕府の侍所別当であり、有力な御家人でした。
 上の写真のように、八幡宮に向かって若宮大路の左側に和田義盛の屋敷、右側が北条泰時の屋敷だったいうことで、和田義盛の力の強さが確認できると思います。

 なお、北条泰時の屋敷の南側に若宮大路幕府、宇都宮辻子幕府の文字がありますが、これらは実朝が亡くなって京都からお飾りの将軍を招き、執権北条氏の傀儡としてトップに据えるようになった以降の幕府の所在地であり、頼朝、頼家、実朝時代の鎌倉幕府ではありません。


立ち並ぶさまざまな墓碑140317

 和田塚の地には、古いものから新しいものまで、さまざまな墓碑が建てられています。


荒れ果てた石仏140317

 石仏もおそらくは由来がわからず、こんな状態。


和田塚の元はこれらの五輪塔か140317

 元から並んでいたのは、後ろのほうにまとめて放置されている、これらの五輪塔だったのかも知れません。
 くずれてしまって、ごちゃごちゃになっていました。


【和田塚駅】

和田塚駅縦140317

 歩いて一分ほどの和田塚駅までもどってきて、これから藤沢行きに乗り、長谷までいきます。
 長谷からは歩いて、21日の記事に書いた「権五郎神社(御霊神社)」へお参りしたのでした。

根岸森林公園のハナモモ

2014.03.23(12:50)

根岸森林公園のハナモモ140322

 3月22日、朝食もとらずに出かけた8時半頃の根岸森林公園、強い陽射しと輝くような白い花は、かなり撮影のむずかしいコンディションでした。


根岸森林公園のハナモモ上に伸びる枝140322

 ブログを始めた頃は、花が大きくきれいに撮れればよい、というだけでしたが、いまでは遠い写真も近くの写真もマクロ撮影も、どれもきれいに撮りたい。強い陽射しでも雨天でも、天候にかかわらずよい写真を撮りたいと、自分への要求水準を上げていますが、木々や花はいつも写真を撮りやすいように生えたり咲いたりしているわけではない。
 背景青空で白い花となると、たいへんむずかしく感じます。


根岸森林公園のハナモモ高い枝先140322


根岸森林公園のハナモモの枝アップ140322


根岸森林公園のハナモモ背景白ボケ140322

 構図をよくしようとすると、背景が白い花のボケになります。
 白ボケの手前で白い花を撮るというのは、あまりやったことがありません。

 手持ちの100mm Macro での撮影ですが、木の丈が高く見上げていますので、どれもトリミングしています。


【日常の記録】
 3月22日、午前中は根岸森林公園をひとまわり。主たる目的は白いハナモモでした。
 同日午後3時頃、横浜駅前のスポーツジムへ出かけました。前回が16日だったので、少し間が開きすぎた、という意識からですが、夕食後どうも体調がよくありません。風邪気味 + 腹具合も不安定。
 早く寝てしまうつもりだったのに、この次に予定している鎌倉「和田塚」の記事を書いてしまいました。
 花が賑やかなので、また少し更新をはやくしています。

庭の花壇のムスカリ

2014.03.22(14:50)

花壇のムスカリ横140322

 ユリ科(分類体系によりヒアシンス科)ムスカリ属 の園芸種。
 春の花壇の定番ですね。わが家の南向きの花壇で咲きはじめています。


花壇のムスカリアップ縦140322

 色は濃いブルーから紫色、薄い水色の花もときどき見ます。
 ほかの暖色系の花と合わせて咲かせるのもなかなかよいものです。


【日常の記録】
 3月20日、午前中保険の代理店の方と自動車保険の更新・乗り換えを交渉。従来ネットで自動車保険を利用していましたが、浴室の水漏れのときに火災保険から一部補填してもらうなどしてもらったので、そのお礼も含めて乗り換えることにしました。
 代理店の担当者はいろいろと知識が豊富なので、仲のよい人をひとり作っておくと、何かと便利です。
 午後はN証券の担当者が転勤・引き継ぎの挨拶に来られました。
 あれこれセールスされることは面倒なこともありますが、仲良くしておくといろいろな情報が入り、よいことも多いのです。
 3月21日、San Po の会。浜松町駅に集合し、芝離宮庭園、築地市場、築地本願寺、月島、佃島と歩きました。
 風邪なのか花粉症なのか、ここ数日午後から疲れが出てへばることが多いので、昨日はウォーキングのみで入浴と懇親会は辞退して帰宅しました。
 長男と長女と孫が帰ってきているので、自宅は賑やかです。

2014年03月

  1. 黒っぽいツバキ 〜 鎌倉・海蔵寺付近(2014.3.24)(03/27)
  2. フラサバソウ(03/26)
  3. 鎌倉幕府・問注所跡 〜 鎌倉市立御成小学校(03/25)
  4. 庭のスイセン(03/25)
  5. 鎌倉・和田塚(03/24)
  6. 根岸森林公園のハナモモ(03/23)
  7. 庭の花壇のムスカリ(03/22)
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