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南禅寺塔頭・金地院

2013.11.17(17:30)

【金地院の門】

金地院の門121009

 昨年10月9日、ぼくは蹴上(けあげ)のインクラインから出発して、南禅寺の水路閣を通り、「哲学の道」に沿って琵琶湖疎水を辿り、銀閣寺まで歩く、という計画を立てた。
 そのときの写真はすでに記事にして紹介済みだが、インクラインから南禅寺境内まで歩く途中、「金地院」を見つけたことが、その日の計画を大きく狂わせた。記憶では「金地院」の見学に1時間半くらいかかり、それで予定がずれ込んで、銀閣寺への到着が3時過ぎにしてしまった原因となったのだった。


金地院門内入ったところ121009

 門内へ入った様子はこんな具合だ。
 金地院(こんちいん)は臨済宗南禅寺派の大本山・南禅寺の塔頭のひとつで、江戸幕府の知恵者「黒衣の宰相」と呼ばれた金地院崇伝が住んでいた寺院だ。
 昨年の京都旅行の大半はすでに記事にしたが、時代の流れに沿って書いてきたので、江戸時代にならないと金地院を出すわけにはいかない、と考えていた。先日「高台寺」を紹介したから、ようやく順番が回ってきた、という次第。


鶴亀の庭手前の池121009

 元は足利義持が創建した寺院を、金地院崇伝がこの地に移して住んでいたものらしいが、やがて彼は活動拠点を駿府と江戸に移すことになったという。
 本堂(大方丈)、茶室八窓席、東照宮などの建物が有名で、開山堂、明智門も知られている。
 庭園は「鶴亀の庭」が有名。
 上の写真の池のある角を曲がると、いよいよ「鶴亀の庭」が見えてくる。


【鶴亀の庭】

鶴亀の庭121009

 Wikipedia によると、崇伝が徳川家光のために作らせた。作庭は小堀遠州。遠州作と伝えられる庭は多いが、資料が残っている唯一の例だそうだ。
 まず広くて堂々としているので圧倒される。
 全体を見るには首を振らなければならないが、そういう光景を写真一枚におさめようとすると、どうしてもこじんまりとしてしまう。白砂が眩しく輝いているので、一枚で全体を撮ろうとすると、明暗差が激しく、再現するのに無理が生じる。
 「なんとなく写真がおかしい」と感じるが、人の目でいっぺんには見られない景色を一枚にしているのだから当たり前だ。仕方がない。
 右側の鶴島と、左側の亀島を別々に撮影したものを下に紹介するので、全体の偉容を想像していただきたい。


鶴島121009

 上が鶴島、下が亀島だ。


亀島121009


【大方丈】

方丈と鶴島121009

 大方丈から、鶴島のほうを見ている。
 下はもう少し建物がわかるように撮った。


方丈と青空と白砂121009

 大きな方丈と、青空。白砂が眩しい。


金地院方丈121009

 外へ出て、「東照宮」を拝見し、帰り際に方丈を外側から眺めた様子だ。
 堂々とした庭園と建物に、黒衣の宰相とまで言われた金地院崇伝の力を見たような気がした。

 次回は金地院境内の「東照宮」の写真記録を紹介したい。

2013年11月17日

  1. 南禅寺塔頭・金地院(11/17)