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安部寺跡と安倍文殊院

2013.11.13(19:45)

【安部寺跡】

史跡安部寺跡の碑121016

 安倍文殊院は元安部寺といい、現在の安倍文殊院の約300m 南西にあった、と昨日書いた。
 安倍文殊院を訪ねる前に、じつは安部寺の跡地を捜しに行った。


安部寺跡121016


安部寺礎石121016

 安部寺跡として整備され、礎石が残っている。

 昨日の記事に、安倍晋三首相はどうなのか、とコメントがあった。
 調べてみると、陸奥国の豪族安倍宗任(あべのむねとう)の子孫らしい。前九年の役で兄の貞任らとともに源氏と戦ったことで知られている。奥州の安倍氏のルーツは定かではないらしい。

 また、FREUDE さんからは「大阪の阿倍野区に晴明通りなどの地名がある」とコメントをいただいた。
 同区のホームページによると、「豪族『阿倍氏』説が最も有力」とのことなので、当記事で言及している阿部氏(のちに安倍と表記を変えた)が阿倍野という地名の由来らしい。「晴明通り」は「安倍晴明を祀る安倍晴明神社が、当町と隣接する現在の阿倍野元町に所在していることに由来する」そうだ。


【安倍文殊院の山門】

安部文殊院山門121016

 上の写真は安倍文殊院の山門だが、ここを訪ねた時間はもう日没間近で、寺の灯篭には灯が灯り、お堂などの建物は夕陽に照らされていた。


【安倍文殊院内の東西の古墳】

安部寺東古墳121016

 境内には東と西の二つの古墳がある。
 上は「文殊院東古墳」。


安部文殊院西古墳の石室121016

 上の写真「文殊院西古墳」は安部寺を創建した阿倍倉梯麻呂(あべのくらはしまろ)の墓と伝えられているそうだ。


【夕暮れの境内】

安部寺夕暮れの境内121016


灯の灯った安部寺の灯篭121016


【安倍晴明堂】

夕陽を浴び始めた安倍晴明堂121016

 境内の高台に安倍晴明堂がある。この展望台のような高台で、ぼくは昨晩掲載した夕陽の写真を撮ったのだが、安倍晴明はここで天文観測を行い、吉凶を占ったと古来より伝えられているそうだ。


天文観測の碑121016

 昨年10月は、この奈良方面の旅行の直前に、ぼくは京都で一条戻り橋と晴明神社を訪れているが、その写真記事はすでにお読みいただいた。ぽつん、ぽつんとした訪問でも、このようにつながってくると、なかなかおもしろいものだ。
 (下線部をクリックすると「一条戻り橋と晴明神社」の記事にジャンプします)

2013年11月13日

  1. 安部寺跡と安倍文殊院(11/13)