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坂本・滋賀院門跡

2013.07.16(19:00)

滋賀院門跡と穴太積みの石垣130529

 ふたたび5月29日の朝の坂本の町へ、時間を巻き戻したい。
 写真は「滋賀院門跡」(しがいんもんぜき)の門前だ。ここの石垣が、坂本にある穴太(あのう)積みの石垣の中でももっとも有名らしい。大小の不定形の石がしっかりと積まれているのだ。


滋賀院門跡門内130529

 さて「門跡(もんせき、もんぜき)」は、皇族・貴族が住職を務める特定の寺院、あるいはその住職のことである。
 「滋賀院門跡」と書いてあったら、「うちはそんじょそこらの寺とは違う、寺格が高いんだぞ」と言っているのだ。
 
 京都へ行ったとき、お寺の塀に横に線が入っているのをよく見かける。筋塀(すじべい)といい、塀に筋が入っているのは御所や門跡寺院であり、五本が最高だそうだ。
 これを教えてくださったのは「滋賀院門跡」の受付の方で、おかげでずいぶんといろいろ勉強させていただいた。
 というわけで、写真では、塀の筋の本数を数えてみていただきたい。


滋賀院門跡庭園130639

 滋賀院門跡は比叡山の「里房」である。「黒衣の宰相」とも称された天台宗の僧天海が、後陽成天皇から京都法勝寺を下賜されてこの地に建立した。(その後火事にあって再建)

 さて、それでは「里房」とは、滋賀県観光情報のオフィシャルサイトによると、
 「里坊」とは、比叡山延暦寺の三塔(東塔・西塔・横川)十六谷といわれた山上の「山坊」に対する言い方で、山麓にある各堂宇のこと。
 里坊は、比叡山の山上で修行していた老僧が座主から賜って住んだのが始まりで、山坊とは違って、普通の住居のように庭園が造られた。当初、里坊は、いくつあったのか不明だが、現在は50数力所が数えられる、そうである。

 というわけで、上と下の写真は「滋賀院門跡」の庭園だ。


滋賀院門跡キショウブと灯篭130529

 以上をまとめると、滋賀院門跡は天海が天皇から賜って移築した寺院(里房)だが、代々の天台座主がここに住んで御座所とした。天台座主は親王が勤めた例が多く、だから「滋賀院」は「門跡」なのである。


滋賀院門跡を右に見つつ慈眼堂へ

 滋賀院門跡の建物を出て、建物を右側に見ながら、隣接の「慈眼堂」へ行こうとしている。
 「慈眼堂」は天海和尚の廟所だ。


階段を登れば慈眼堂130529

 この階段を登れば「慈眼堂」だ。

2013年07月16日

  1. 坂本・滋賀院門跡(07/16)