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琵琶湖疎水

2013.06.23(12:56)

疎水琵琶湖方面と京阪電車130528

 5月28日から31日まで、琵琶湖周辺の旅を予定していたら、直前に「梅雨入り宣言」で出て、28日はぶつぶつ言いながら新幹線に乗りました。
 まずは大津を拠点に三井寺(園城寺)と石山寺、翌29日は比叡山まで行ってこよう、というわけですが、浜大津のホテルに荷物を預け、まずは隣の三井寺(みいでら)駅まで京阪電車に乗りました。
 駅を下りたらかなり降り始めまして、傘を差しながら歩きました。

 上の写真は、向こうを京阪電車が通りかかったので慌てて撮影したものですが、北国橋という「琵琶湖疎水」に架かる橋の上、琵琶湖側を向いて撮影しています。
 反対側を向けば下のような光景が目に入りました。


第一疎水制水門と閘門130528


琵琶湖疎水説明板130528

 琵琶湖疎水の説明板です。
 明治の初め、琵琶湖から宇治川までを結ぶ舟運を開き、同時に水力、灌漑、防火などに利用して京都の産業振興を図ろうという計画があり、明治18年に着工し明治27年に完成した、というようなことが書かれています。
 疎水が完成したのは明治23年で、鴨川までの運河が完成したのが明治27年ということのようです。
 この看板の下の地図、水路は第1疎水と第2疎水がありますが、下側の線の第一疎水の、マル1番の辺りがこの北国橋付近なのです。


第一疎水制水門130528

 上が第1疎水制水門(支川に本川の水が逆流してくるのを防ぐために設けられる水門)、下が閘門(上流側の門扉)です。先に第1疎水の工事をやって、第2疎水は後から(明治41年から45年まで)の工事でいきなりトンネルということのようですから、産業遺産として写真に撮っておもしろいのは第1疎水、ということになります。


第一疎水閘門130528

 Wikipedia によりますと、閘門(こうもん)は、「水位の異なる河川や運河、水路の間で船を上下させるための装置」です。「閘門の特徴は、固定された閘室(前後を仕切った空間)内の水位を変えられること」だそうです。
 したがって、閘門の門扉はふたつあり、これは琵琶湖側(上流側)の門扉です。


第一疎水水路と桜130528

 琵琶湖疎水(第1疎水)は見た目も美しい。第一トンネルへ入るまでのこの両側は桜の名所となっているようです。


第一疎水施設の塀130528

 施設の塀などもこのようにとても立派です。


インクラインdown121009

 第1疎水は長い長い水路を経て、京都の蹴上というところへ出てきます。
 本記事の三枚目の説明板写真の左下に線路の絵が書いてありまして、インクライン(傾斜鉄道)と書いてあります。
 琵琶湖疎水の第1疎水を通ってきた船を、鉄道の台車に乗せて南禅寺まで引き上げ、舟溜まりへ下ろすのです。舟溜まりから鴨川までは鴨東運河を通ります。
 京都旅行の最初の記事を「ならの小川」の記事から始め、「川」を強調したのは、じつはこのような理由があったのですが、京都旅行の記録記事はあと少しのところで中断しているので、今回このようなかたちで再開しようとしております。

 さて、そのインクライン( ink line ではなくて、incline )ですが、中腹から下を見たのが上の写真です。
 昨年10月8日の撮影です。


インクライン運転の仕組み121009

 インクラインの説明板です。
 舟を乗せて引き上げたり下ろしたり、ケーブルカーのようなものと考えてください。


インクラインup121009

 インクラインの中腹から上を見たのが上の写真です。
 このインクラインの線路の両側は桜の木です。ここは京都の桜の名所で、春はたいへん賑わうそうです。


台車と舟溜まり121009

 上が台車の写真。
 登りきったところで少し下りになり、舟溜まりへ向かうわけですが、その舟溜まりが見えています。
 じつはこの先に「疎水分線」というのがありまして、次回の記事は疎水分線まで追いかけたい、と思います。
 大津三井寺駅付近での琵琶湖疎水の記事が、うまいぐあいに京都の記事へと繋がりました。

 富士山の世界遺産登録が話題になっておりますが、このような「産業遺産」もしっかりと守っていきたいものです。

2013年06月23日

  1. 琵琶湖疎水(06/23)