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伊藤博文金沢別邸と隣接の牡丹園

2013.05.08(18:25)

伊藤博文金沢別邸客間と居間130412

 京浜急行金沢八景駅から徒歩5分程度のところに野島という島があり、中央部標高57m の野島山とその北東側が野島公園という公園になっています。
 海岸に面して、旧伊藤博文金沢別邸があります。明治31年に建築されたものを、横浜市が解体・修理・復元したものです。伊藤博文は年に1、2回程度しか使わなかったといいますが、ここには愛着を持っていたそうです。
 伊藤博文が井上毅らと明治憲法の起草作業を行った場所は、夏島別荘(現横須賀市夏島に建てられていた伊藤博文の別荘)のほうで、本邸と明治憲法起草とは直接的な関連はないそうです。
 夏島は野島公園の展望台から見える工業団地の中のようですが、行けるのであればよく調べた上で一度訪れてみたい、と思います。

 上の写真、右が客間棟、左が居間棟。


伊藤博文邸から眺める夏島130412

 正面に見えるのが夏島です。周辺は埋め立てられて、工場群となっています。


伊藤博文邸から海の公園方面を臨む

 手前が居間、右奥が客間棟、その向こうの海岸は金沢漁港で、その陰が「海の公園」となっています。横浜市内で唯一海水浴場が有る海浜公園ですが人工砂浜です。


伊藤博文金沢別邸居間の前庭から客間を眺める130412

 上の写真よりも少し客間棟の様子がよくわかるように角度を変えています。


伊藤博文金沢別邸金屏風130412

 客間の金屏風。伊藤博文本人の自筆で、宋学の始祖と言われる周惇頤の「愛蓮説」を書いたものだそうです。
 「汚泥より出でても染まらず」とは、よい言葉です。


牡丹園から見た伊藤博文金沢別邸130412

 伊藤博文邸の隣には「牡丹園」があります。
 この牡丹園はかつて野島にあった永島家の牡丹園を復元したものだそうです。(永島家は江戸時代初めに金沢に移り住み、新田開発を始めてから約200年後にその頃に当主が製塩業等で成功したのだそうです。同家は伊藤博文金沢滞在中の世話係などを務めて親交があったとのこと)
 
 写真は、牡丹園からみた伊藤博文邸。 


緋の司130412

 以下、ボタンを少し紹介します。
 品種は単に牡丹園の札の解説を書き写したものです。
 上は「緋の司」。
 先ほどの自筆の金屏風「愛蓮説」では、「牡丹は花の富貴なるもの」と表していて、「しかし自分は蓮を愛する」としています。「蓮は汚泥より出でて染まらず、真っ直ぐに清く玩(もてあそ)ばれない。花の君子たるところを愛する」のだそうです。


越後獅子130412

 上は「越後獅子」。


島錦130412

 上は「島錦」。


聖代130412

 上は「聖代」。

 この日(4月12日)は横浜公園でチューリップを楽しんだ後、京浜急行で金沢八景駅まできて、平潟湾を左に眺めながら野島公園への夕照橋を渡りました。野島山へ登って展望台の眺望を楽しんだあと、海岸へ下りてきて、伊藤博文邸までやってきました。帰りは「野島公園駅」からシーサイドラインに乗って新杉田駅経由で帰宅しました。



2013年05月08日

  1. 伊藤博文金沢別邸と隣接の牡丹園(05/08)