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西小山、大岡山から洗足池、田園調布を経て久が原へ 〜 第78回San Poの会 ウォーキング記録

2013.05.02(18:01)

円融寺仁王門と八重桜130413

 4月13日 第78回San Poの会のウォーキング 記録記事です。
 今回は東急目黒線西小山駅に集合し、「円融寺→サレジオ教会→すずめのお宿緑地公園→碑文谷八幡宮→清水窪弁財天→洗足池→勝海舟の墓」という第1コースと、「田園調布駅→宝来公園→多摩川台公園古墳群→浅間神社→六郷用水→密蔵院→久が原駅」という第2コースを連続して歩く、という意欲的なログコースでした。

 上の写真は円融寺の仁王門です。
 円融寺(東京都目黒区碑文谷)は天台宗から日蓮宗に変わり、世田谷吉良氏の保護で勢力を増した寺でしたが、幕府の政策で弾圧され、再度天台宗に戻りました。釈迦堂は都区内最古の木造建築だそうです。


円融寺鐘楼と八重桜130413

 円融寺の鐘楼です。
 ウォーキングの際はコンパクトデジカメですので、やや奥行き感に乏しい平板な画面になりますが、ご容赦ください。


サレジオ教会の結婚式130413

 サレジオ教会(正式名:カトリック碑文谷教会)です。ロマネスク様式大聖堂の内部はとても美しく、この日は結婚式の真っ最中でした。


サレジオ教会のステンドグラス130413


スズメのお宿緑地公園の竹林130427

 すずめのお宿緑地緑地公園は竹林が広がっていることで知られていて、この竹林にスズメが多数生息していることからこのように名付けられたそうです。この一帯はタケノコの産地として昭和初期までは知られていたとのこと。こちらで休憩・昼食をとりました。


すずめのお宿緑地公園のセリバヒエンソウ130413

 ハナダイコン、セリバヒエンソウなどがたくさん咲いていました。


すずめのお宿緑地公園の古民家130413

 食事のあと、当地付近の旧衾村から移築された江戸時代中期建築の古民家を見学しました。


碑文谷八幡宮130413

 碑文谷という地名の由来は、碑文谷八幡宮内稲荷社に保存されている梵字を刻んだ「碑文石」のある谷(里)が起源だ、という説があるそうです。碑文谷八幡宮(上の写真)でその碑文石を見学しましたが、ガラスボックスの内側で、乱反射がひどくて写真も撮れず、「へぇ〜、これがそうなの?」というだけでした。


清水窪弁財天130413

 清水窪弁財天というのは、つまりはここに湧き水があって、洗足池の水源のひとつであり、東京都の名湧水57選に選ばれている、その湧き水のところに弁財天が祀られている、ということのようです。


洗足池130413

 「千束」という地名と「洗足池」(東京都大田区南千束にある)とどういう関係にあるのかと思ったら、洗足池はむかし千束の大池と呼ばれていたのだけれども、身延山から池上へ向かっていた日蓮上人が、この地で足を洗ったのだそうでして…。袈裟懸けの松などというのも名所になって、何代目かの松というのがありました。


勝海舟の墓地130413

 池の畔に勝海舟の墓がありました。墓所をここにしたのは、本人の遺言によるものだそうです。

 以上がコース前半でして、ここまででもうずいぶん歩いたという気がしております(笑)


田園調布駅舎130413

 第2コースは田園調布駅からです。写真は復元された駅舎。
 この街は駅から放射状に道路を延ばした都市計画と高級住宅街で知られていまして、歩いて見ればいまでもその面影は十分に残っています。


亀甲山古墳付近130413

 宝来公園を経て多摩川台公園へ向かいます。
 一帯では古墳が多数発見され、その中でも最大の亀甲山古墳が有名です。4〜5世紀の前方後円墳で、この地方の首長の墓であったのだろうと言われています。全長107m、前方部の長さ41m、後円部の直径48m、高さ10m。
 そんな大きなものは航空写真でなければ撮影は無理でして、小高いところに樹木が生い茂った辺りをこの辺が中心かなあ、と言いつつ、記念に写真を撮っておく、ということになります。
 上の写真の左側がたぶん亀甲山古墳の一部でしょう。このあたり、アップダウンが激しく、右側のほうを見下ろすと多摩川の流れが見えます。


多摩川浅間神社130413

 多摩川浅間神社は、出陣した頼朝の身を案じた北条政子が後を追って多摩川まで来たとき、頼朝の無事を祈って聖観音菩薩像を祀ったのが始まりだそうです。
 亀甲山(かめのこやま)へ登ってみると富士山が鮮やかに見えた。富士吉田には、自分の守り本尊である浅間神社があるので、政子はその浅間神社に手を合わせ、夫の武運長久を祈り、身につけていた正観世音像をこの丘に建てた、とか言われているわけです。


六郷用水130427

 六郷用水というのは、多摩川を水源とする用水路で、現在の狛江市から世田谷区を通り大田区に至る23km でそうです、1597年から14年かけて開削されたそうです。


密蔵院130427

 蜜蔵院というのは真言宗智山派の寺院。庚申堂があり青面金剛立像が安置され、庚申信仰の中心地だったようです。
 庚申信仰については、とくに興味を持って調べ、当ブログでは過去に何回も特集記事を掲載しています。

 クリックしてください → 「道教の世界から日本文化への浸透」

 さて、あとは久が原駅まで歩きまして、黒湯温泉益の湯で入浴、懇親会を開いて解散しました。
 長くなりましたが、ストック写真が溜まっていますので、思い切って一回にまとめました。

2013年05月02日

  1. 西小山、大岡山から洗足池、田園調布を経て久が原へ 〜 第78回San Poの会 ウォーキング記録(05/02)