根岸森林公園の梅 〜 八重野梅、大輪緑萼、大湊、谷の雪

2013.02.28(18:00)

【満開の八重野梅】

満開の八重野梅130223

 梅は満開近くになりますと、シベが傷んで葯が落ちてしまった梅がたくさんでてきます。
 写真の「八重野梅」はかなりの早咲き種ですからいまや満開なのですが、遠目にはきれいに見えても、近寄って見ると花が傷んでいるものも多く、それが目に入りますから、じっと見つめたらあまりきれいではないのです。
 そこで、満開の頃にはまた撮り方を変えて撮るわけですが、小さな花がごちゃごちゃとたくさんあるというシチュエーションは、解像度の高いカメラで強く絞り込み、慎重に撮影しないとなかなか美しくは見えないものです。
 かなり気を遣います。


【大輪緑萼】

大輪緑萼枝の中130217

 根岸森林公園の「大輪緑萼」は、さほど大輪には見えませんが、ほかの梅にはない落ち着いた雰囲気があります。
 分類は「野梅系」の「青軸性」の梅です。新しい枝や萼は緑色で、花は青白く見えるといわれますが、ぼくの見た感じでは、白をベースに萼の薄緑色が透け、雄しべの黄色い葯が目立つので黄色みを帯びた感じに見えます。


大輪緑萼と青空2130223

 この特異な色は、梅は通常紅色の遺伝子を持っているのに、青軸性の梅にはそれがないからだ、という説明を読んだことがあります。確かに、大輪緑萼には、梅によくある紅褐色の萼や樹皮がなく、花弁にも紅色がいっさい射しません。
 ここでいう「軸」とは何のことだろうか、とかなり調べましたが、結局よくわかりませんでした。単に小枝のことかも知れない、という気がします。青軸性の梅の小枝はどれも緑色をしています。


透過光の大輪緑萼アップ130217

 「大輪緑萼」は花弁が波打たず、花全体がフラットなので、落ち着いた雰囲気を漂わせています。


【大湊】

大湊130223

 紅梅は色が濃いので、八重になると厚化粧しているようなこってり感じがつきまとうものですが、この「大湊」はとてもすっきりした一重であるところに好感を抱きます。

大湊2130223

 「大湊」はアンズとの雑種性の強い豊後系のウメだそうです。枝は緑色をしています。


【谷の雪】

谷の雪130223

 このウメも豊後系・豊後性の白、一重咲きです。


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 写真記事とはあまり関係のないことでも、自分の日常の生活の様子や雑感など、ひとこと書くコーナーを設けてみようか、と思いつきました。

【きょうのひとこと】
 朝目が覚めたら、まずはテレビ東京の「モーニングサテライト」。
 日本の真夜中に発表された米国の経済指標や企業決算、株式相場そして内外の経済のニュースをじっくりと聴きます。このニュースは事実上日経新聞のテレビ抜粋版ですが、毎日欠かさず一年間くらい視聴していると、経済の流れや相場観について、自分独自の考え方が出来上がってきます。
 金融の現場にいた頃よりは、現在のほうがよほど勘が鋭くなっているかも知れません。


方広寺・豊国神社から耳塚へ/京都旅行記

2013.02.27(18:00)

方広寺釣り鐘拡大121010

 昨年10月10日、午前中に清水寺、河井寛次郎記念館などを見てまわったぼくは、そのまま歩いて「方広寺」へ向かった。
 あの有名な釣り鐘の文字を、自分の目で見てみたい、と思っていた。


方広寺釣り鐘全体像121010

 「方広寺」というのは、そもそもは秀吉が発願した大仏造立のための寺院だった。開山は大徳寺の古渓宗陳を招聘した。 
 地震で倒れた方広寺の大仏殿を豊臣秀頼が再建することとなり、その鐘楼の梵鐘に銘が入れられたとき、家康はその文言に重大な言いがかりをつけた、というのが「方広寺鐘銘事件」として知られている。
 「国家安康」という句は家康の名をふたつに切ったものであり、「君臣豊楽、子孫殷昌」は豊臣を君として子孫の殷昌(繁栄)を楽しむ、と解釈されるので、徳川を呪詛して豊臣の繁栄を願うものだ、としたのだ。


方広寺鐘楼121010

 大仏殿はほぼ完成し、1614年4月には梵鐘が完成したが、7月下旬、「梵鐘の銘文の内容に問題がある」などとして開眼供養と大仏殿上棟・供養の延期が命じられた、という。


方広寺鐘楼部分121010

 鐘楼はふだんは内部へ観光客を入れていないようだが、「どうぞ、かまいません」と気軽にぼくを入れてくれた。
 細かい文字がたくさんある中で、よくぞこの2カ所に文句を付けたものだ、と感心する。
 はたして家康や崇伝の謀略であったかどうかはわからないが、少なくともこちらの梵鐘を守っておられるご婦人や、あるいは大徳寺の各塔頭でお話しした方々など、「京都の人たちはおおよそ秀吉びいきで家康嫌い」という印象をぼくは抱いた。
 こうした人気・不人気が「物語」を作り、やがてそれが事実であるかのように一般にも信じ込まれる。歴史とはそのようなものと、歴史学者ではないぼくはそんな印象を抱いている。


豊国神社正面121010

 豊国神社は、もともとの方広寺の敷地内にあるということで、現在も方広寺の釣り鐘を見たその足で隣の豊国神社を見てまわることができる。
 後陽成天皇から豊国大明神の神号を賜ったとのことで、豊臣秀吉が祀られている。


豊国神社正面2121210


豊国神社の千生り瓢箪121010

 上と下の写真のように、千成瓢箪や太閤出世ぞうりの飾り物がいかにも豊国神社らしくてよい。


太閤出世ぞうり121010


耳塚130210

 豊国神社から歩いて数分のところに、この供養塔(五輪塔)がある。
 耳塚として知られている。豊臣秀吉の朝鮮出兵のうち、慶長の役で戦功の証として討ち取った朝鮮・明国人の耳や鼻を削いで持ち帰ったものを葬った塚だそうだ。
 当初は「鼻塚」と呼ばれていたらしい。しかし林羅山が鼻そぎでは野蛮だからと著書の中で「耳塚」と書いて以降、耳塚という呼称が広まった、とされている。二万人分の耳と鼻が埋められているそうだ。
 戦功の証というが、ぼくには戦争のむごさの証のように目に映る。


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 ところで、ぼくは先月 Amazon の Kindle PaperWhite という読書用タブレットを買いました。
 すでに「吾輩は猫である」、「風の又三郎」、「高野聖」(泉鏡花)、「武蔵野」(国木田独歩)、「生まれ出づる悩み」(有島武郎)、「人間失格」(太宰治)、「五重塔」(幸田露伴)などを Kindle で読みました。
 古い作家の本は無料でダウンロードさせてくれて、字の大きさを自分が読みやすい大きさに調整でき、古くさい漢字熟語などはその場で辞書を検索できます。明治時代の作家の小説などを読むのに楽であり、期待が外れても無料だから損をした気分にならないで済むのです。(現在の著作権法では、作家の死後50年で著作権が切れるので、1963年1月以前に亡くなった作家であればタダで読めることになります)
 価格はWi-fi 接続のみの安価なほうが 7980円です。

ランニング・スキップ

2013.02.26(18:00)

ランニングスキップ1130224

 スキップはわが家の二代目のボーダー・コリーです。

 ボーダー・コリー(Border Collie)はイギリス原産の犬種で、原産地がイングランドとスコットランド、イングランドとウェールズの国境(ボーダー)地域であることに由来する、と言われています。
 作業に使役する犬として、とくに牧羊犬として知られ、ペットとしては運動・訓練性能のよさを買われて、フライイング・ディスク(フリスビー)が上手なことで知られています。


ランニングスキップ2130222

 先代のスパンキーはフリスビーのジャンピング・キャッチが得意で、大会に連れて行ったこともありますが、スキップはディスクを追いかけるのがあまり好きではありません。
 スパンキーは知らない人や犬にはぷいと横を向く犬でしたが、スキップは誰に対しても、どんな犬に対しても友好的であり、友だちの犬と遊ぶことをとくに好みます。
 スパンキーは自分で判断して好き勝手に行動するところがありましたが、スキップはきわめて従順です。その分、叱られたりするとあきらめが早い。ディスクを取り損ねるとさっさと諦めてしまいます。
 なかなか、人間が思うようには両立しないものです。


ランニングスキップ3130224

 いずれにせよ、ボーダーコリーは活動的です。
 二代目は育てきれないから諦めようとぼくは言ったのですが…、かみさんが「どうしてもまた犬が欲しい」と。


ランニングスキップ4130224

 スパンキーはブラック&ホワイトの典型的なボーダーコリーで耳が垂れていましたが、スキップは体毛に茶が混じり、表情は耳が立っているのでシェパードに似た雰囲気があります。
 
 本日はボーダーコリーらしさの証明写真を掲載しようと「ランニング・スキップ」5枚組です


ランニング スキップアーサー130224

 最後はおともだちのアーサー君が特別出演です。
 スキップがおもちゃを咥えて逃げるので、追いかけています。

 当ブログは、スパンキーがそろそろ中年にさしかかる頃に始めて、当初は土曜・日曜のスパンキーの散歩のときについでに写真を撮ってくる、というかたちで始まりました。
 スパンキーの成長は子どもたちの成長と同じ時期で、長男とぼくがサッカーボールを蹴って、スパンキーがゴールキーパー兼ディフェンダーをつとめたりしていました。キャッチボールの球拾いも、雪合戦の相手もスパンキーでした。
 彼は二階の寝室へも平気で上がってきて、一緒にベッドで寝たこともある。わが家の生活は一時はスパンキーを中心に回っていた感があります。
 そういう意味では、子どもたちが次々と独立して出て行ってしまう時期とぶつかったスキップは、わたしたち家族と遊び足りない思いを抱いているはずで、その分犬友だちが必要なのだろうと思われます。

鎌倉・浄妙寺の紅梅と白梅

2013.02.25(17:30)

浄妙寺の門130222

 浄妙寺は臨済宗建長寺派、鎌倉五山第五位の寺院であり、足利義兼(足利氏の第2代当主)が建立しました。
 足利義兼(あしかがよしかね)は源頼朝が伊豆で挙兵したとき以来の幕府の御家人でした。
 上の門前左手前の上は緑萼梅のようです。


浄妙寺本堂と紅白の梅130222

 鎌倉の寺院としては金沢街道沿いにありますので、杉本神社、報国寺とともに訪れるのに金沢八景行きのバスが使えて便利です。ただ、この付近の地名は「浄明寺」なので、バス亭も「浄明寺」となっています。
 どうも足利貞氏(尊氏の父)が「浄妙寺殿」と呼ばれていたので、江戸時代になって地名まで「浄妙寺」とすることを憚ったということのようですが、「そんなことを憚るものなのか」と、この感覚はぼくにはよく理解できていません。


浄妙寺本堂と白梅130222

 背後に山がありますが、境内が広く開放的で、気持ちのよい寺です。
 本堂は方丈形式(禅宗寺院建築で本堂,客殿,住職居室を兼ねるもの)で広く、立派に見えます。


浄妙寺の本堂130222

 京都や奈良の寺院は瓦葺きが多いですが、鎌倉のように背後に山があると暗い印象になることが多いので、美的観点からはこの色は明るくてよいと思われます。


浄妙寺の紅梅アップ130222

 紅梅と白梅が植えられていますが、紅梅はみたところ緋梅系の色の濃い梅で、「鹿児島紅」のような感じがします。


浄妙寺の白梅130222

 白梅は花の白だけでなくウメノキゴケも寺院らしい雰囲気で美しい。樹勢を弱めると言われていますが、美的には多少着生していたほうが寺院らしいように感じます。


浄妙寺の白梅アップ130222

 白梅は一重咲きの品種です。


本堂を背景にした浄妙寺の白梅130222


足利貞氏の宝篋印塔130222

 本堂の裏の山の中腹に広い墓地があり、その墓地へはいってすぐ右側に「足利貞氏」(尊氏の父)の墓とされる「宝篋印塔」(ほうきょういんとう)があります。「宝篋印塔」というのは、語源は宝篋印陀羅尼経を収めた経塔ということなのですが、日本では単に供養塔、墓塔として用いられている、と昭文社のミニガイドにありました。(ちなみに、同じように供養塔として使われることが多い塔に「五輪塔」があります)


茶室喜泉庵130222

 本堂のほかに建物として、「喜泉庵」という天正年間に建立された茶室を復興した建物があり、前庭に枯山水庭園がありまして、なかなかよい佇まいでした。
上の写真が、その「喜泉庵」、下がその庭園です。


喜泉庵庭園130222


浄妙寺の白梅と紅梅130222

 境内にはセツブンソウ、フクジュソウも咲いていました。すでに紹介済みです。
 裏山に「鎌足稲荷神社」というのがあり、、藤原鎌足が子孫のために「霊鎌」を埋めた地とされ、これが「鎌倉」の地名由来となったという伝承があるのですが、この日は近くの「報国寺」へ行きたかったので登りませんでした。
 いずれ試しに登ってみて、記事にしたいと思います。

 多少、心を入れ替えまして、文章をよりすなおに、あまり端折らず親切に、しかしだらだらと長くならないよう、気を使っております。

文殊 〜 根岸森林公園の梅

2013.02.24(16:00)

【午前中・曇り空の文殊】

文殊メイン横130217枝全体

 95年3月にブログを開設し96年の春から梅の紹介を始めましたが、「文殊」は最初の年からぼくのお気に入りとなり、毎年開花を待ち望んでいます。
 前回の記事に書きましたが、「文殊」はネットで調べてみても、埼玉県の「花と緑の振興センター」か、根岸森林公園で私が紹介している「文殊」ぐらいしかヒットしません。
 めずらしい品種なのかも知れません。


文殊130217縦枝全体130217

 昨年からの自分の目標に、「たとえ曇り空でも花の魅力を引き出して上手に撮る」というのがありまして、本心を言えばやはり晴れたほうが美しい、のですが、精一杯頑張っております。


文殊曇りうつむき130217


【午後・晴れてからの文殊】

文殊縦3130223

 淡い薄紅色で、陽の光を受けると色がより一層薄くなります。開花途中で花弁が重なっているときは、紅色が濃く見えます。全体に花の厚みが薄く見える品種で、ひらひらと花弁が波打ったりしないため落ち着いた雰囲気で、「文殊」の名にふさわしい梅だと言えそうです。


文殊と陽光130223


文殊横130223


文殊横2130223


文殊青空の後ろ姿130217


文殊縦130223


文殊縦2130223

 梅の撮影を執拗に続けておりますが、写真や絵画の常識から考えると、ぼくはかなり常識破りをやっている、との自覚があります。
 2月22日にたまたま山種美術館の「琳派から日本画へ」という展示を見に行きましたが、これを見ていて「自分の写真はそれでもよいのだ」という確信を抱きました。
 日本画とくに琳派というのは、西欧美術の構図からいうとじつに型破りなことをやっているのですが、それでもとても美しい。たとえば、対象の上下をカットして一部分だけを見せ全体を想像させたり、縦に長い画面の一部に対象を描いて余白を大きくとったり、自由自在です。写実ということに拘泥せず、対象のエッセンスというか急所のかたちをとらえて抜き出すようなデザイン感覚に優れています。
 あまり考え込まず、ぼくも自分の感性を信じて自由自在に行こう。西欧の絵画よりは、琳派、日本画を参考にしていこう、などと思うのでした。

庭のスイセン

2013.02.23(17:00)

【2月3日】

庭のスイセンアップ130203

 久しぶりにわが家の庭の写真です。
 とくに書き記すこともなく、ただ画像を楽しんでいただければ幸いです。


【2月7日】

庭のスイセン右向き2130207


スイセン二輪縦アップ130207


庭の水仙アップ130207


庭のスイセン垂れ下がり130207


庭のスイセン右向き130207


庭のスイセン正面房下がり130207


庭の日本スイセン130207


【2月17日】

庭の満開のスイセン130217


庭の満開のスイセン2130217

 多少ごたごたした感じがしますが、道路沿いのフェンスのところに植えられていて、付近にもいろいろと植わっているので、構図や角度などがあまり自由にならず、花のほうも一度は雪に潰されかけて、窮屈な思いをしているようです。
 このような写真は、単純に見えますが、おそらく撮影者によってかなり個性が出るような気がします。
 ぼくは「かたち」や「輪郭」にこだわるので、同じ花の中であまり大きなボケをつくらないようにしています。
 それはある意味では味わいや雰囲気に欠けるかも知れませんが、「線」「輪郭」「かたち」「構図」にこだわるのは若い頃からの好みなのです。

浄妙寺のセツブンソウ

2013.02.22(18:11)

浄妙寺の紅梅・白梅130222

 ブログ「退職教師の日本史授業」の YUMI さんから、鎌倉の浄妙寺でセツブンソウが咲いている、と一昨日の記事で教えていただきました。
 ぼくはまだ、一度もセツブンソウを見たことがないものですから、今朝は陽が射してきたので、鎌倉へ出かけて行きました。
 「浄妙寺」を訪れるのはこれで二回目ですが、この季節は初めてです。

 今回は「浄妙寺」の由来などについては省略させていただいて、なにはともあれ、「セツブンソウ」です。


セツブンソウ縦130222

 そうか、こんなに小さな花だったのか…と。
 あらかじめ教えていただいていなかったら、きっと見逃していたでしょう。
 「環境省レッドリスト」では準絶滅危惧種だそうで、それではいままで見たことがなくても、仕方ないですかね。


セツブンソウ2130222

 小さな繁みになっているのですが、ちょっと撮影しにくい場所にありまして、複数の花をきれいに一枚に収めるのは困難でした。


福寿草縦130222

 近くではフクジュソウも咲いていました。


2013年02月

  1. 根岸森林公園の梅 〜 八重野梅、大輪緑萼、大湊、谷の雪(02/28)
  2. 方広寺・豊国神社から耳塚へ/京都旅行記(02/27)
  3. ランニング・スキップ(02/26)
  4. 鎌倉・浄妙寺の紅梅と白梅(02/25)
  5. 文殊 〜 根岸森林公園の梅(02/24)
  6. 庭のスイセン(02/23)
  7. 浄妙寺のセツブンソウ(02/22)
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