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坊主DAYS

2012.11.20(18:10)

【建仁寺・勅使門】

建仁寺勅使門121008

 臨済宗・建仁寺について、前回は襖絵・屏風絵・天井画を中心の記事としたので、今回は境内の様子などの写真を紹介していきたいと思う。
 前回、「臨済宗」には「○○派」というのがたくさんある。師が「公案」(いわゆる禅問答)を通じて弟子に教えていくので、大人物の師が出てくると、そこで一派を形成する、というのがその理由らしい、と書いた。
 そのせいか、曹洞宗は考え方の筋道がすっきりと通っていてわかりやすいが、臨済宗はどういう考え方をするのか、どうもわかりにくい。
 ただひとつ、はっきりしているのは「修行によって悟りを得る」ことが目的なので、修行はとても厳しい、ということだ。


【建仁寺・三門】

建仁寺三門121008

 臨済宗の修行がどのようなものか、その様子を描写していくと切りがないので、『坊主DAYS』というコミックを紹介する。
 なんだ、私の仏教関係記事の元ネタはコミックなのか、とおっしゃる方があるかも知れないが、これはみなさんにとってもたいへん有意義な読書になるはずだ。著者は、家を継いで臨済宗の住職になった兄を持つ女性マンガ家だ。兄の生活をずっと見ていて、本山での修行の様子などはしっかりと取材して描いている。タイトルをクリックすると「ディックの本棚」の感想記事にジャンプする。


【建仁寺・法堂】

建仁寺法堂121008

 禅宗は、浄土宗のように衆生を救うという性格の仏教ではない。自ら修行して「悟り」を得ることが本来の目標だ。ではそもそも「悟り」を得るとはどういうことなのか。このあとの記事で、書いていく余裕があれば、私なりの考え方を書いていこうと思う。
 
 上の写真「法堂」は、例の小泉淳作画伯の「双龍図」の天井画があるところだ。
 写真に見えている人たちはみな、天井の「双龍図」を眺めている。


【建仁寺・本坊】

建仁寺本坊121008

 ご参考: ある大学の先生が各宗派のお寺に対してアンケートを実施したことがある。「霊」の存在についてのアンケートだった。臨済宗・建仁寺の回答は「個人としての禅僧が見解を示すことで、統一的解釈はなされていない」というものだった。臨済宗各宗派の本山の回答は、それぞれ多種多様だった。
 ただ、突き詰めていった場合、「霊の存在ないし不存在」や「死後の世界はあるのかないのか」等の問題について、仏教の本来の立場は釈迦の一言「捨置」に尽きる。「そんなことは放っておけとして、説かない」という立場だ。
 一般に知られている仏教とはなんだか違うではないか、と思われるかも知れない。ややこしいことに、仏教には「方便」という考え方がある。人はいくら説いても聞きたくないことは聞かない、という頑迷性を持っている。そうした人々を救っていくには、原則を曲げて説くことも、仏教では方便として許されてきた歴史がある。


【建仁寺・本坊中庭「潮音庭」】

建仁寺本坊中庭潮音庭121008

 眺めている方たちはすっかりリラックスしている。
 よい庭とはそういうものなのだろう。


建仁寺本坊の庭121008

 「潮音庭」と同じ本坊の別庭だったと記憶している。


2012年11月20日

  1. 坊主DAYS(11/20)