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見かえり阿弥陀

2012.11.16(15:40)

【永観堂(禅林寺)総門】

永観堂入り口121009

 禅林寺という寺がある。
 当初真言密教の寺だったが、永観(ようかん)律師という方が住職になってから律師が浄土・阿弥陀信仰に熱心になり、以降は三論宗の浄土教寺院となり、現在は浄土宗西山禅林寺派の大本山となっている。


【永観堂総門付近の紅葉】

永観堂入り口の紅葉121009

 1082年、永観さんが50歳頃の冬のこと、彼は底冷えのするお堂で念仏を称えながら阿弥陀像のまわりを念仏して行道(仏の周囲を右回りに巡って仏を敬礼供養すること)していた。
 すると突然、須弥壇に安置してある阿弥陀像が壇を下りて永観さんを先導し行道をはじめられたので、永観さんは驚き、呆然と立ちつくしてしまった。この時、阿弥陀様は左肩越しに振り返り、「永観、おそし」と声をかけられた、という。
 その阿弥陀像が安置されているというのだから、これは是非とも拝見しなくてはならない。


【木々に囲まれた釈迦堂】

木々に囲まれたお堂121009

 須弥壇に安置されているのだから、さほど大きな像ではないが、ライトアップされていてよく見える。
 あれまあ、腰と胸は正面を向いているのだが、正面から見ると顔は右の方を向いていて、横顔しか見えない。こんな仏像は初めて見た。
 それではと、やはり顔を見たいから、堂内を右のほうへぐるっとまわっていく。須弥壇はそちら側にも窓が開いていて、今度は阿弥陀様のお顔が見えるが、顔だけをこちらへ向けている。
 自分よりおくれる者たちを待つ姿勢。愛や情けをかける姿勢。と永観堂のホームページには書かれている。
 なかなかよい表情をした阿弥陀仏だ。「みかえり阿弥陀」と呼ばれている。


【釈迦堂から唐門(勅使門)前の庭を眺める】

釈迦堂から唐門(勅使門)前の庭を眺める121009

 永観さんは施療院を建て、窮乏の人たちを救い、梅林を育てて梅の実を施すなど、救済活動に努力された立派なお坊さんらしい。中興の祖ということで、禅林寺は永観堂と呼ばれるようになった。


【釈迦堂の庭】

永観堂庭121009


【臥龍廊を昇って阿弥陀堂へ】(階段下を振り返った様子)

永観堂臥龍廊121109

 そこでちょっと復習したい。
 如来はそれぞれの仏国土を持っていて、阿弥陀如来の仏国土が「浄土」と呼ばれている。阿弥陀様が「念仏を称える者は誰でも死後に浄土に生まれ変わらせる」と誓いを立てたので、阿弥陀信仰、浄土信仰が盛んになり、当初は「浄土教」と呼ばれ、空也聖人などがこれを広めた。
 「南無阿弥陀仏」と称えることで、貴賎や男女の区別なく西方極楽浄土へ往生することができる、と説いたのが法然上人で、思想としてしっかりしたものとなり、「浄土宗」と呼ばれるようになった。
 …とまあ、大雑把に言えばそんな流れだろうか。


【多宝塔から阿弥陀堂を眺める】(記憶がはっきりしませんが…)

永観堂阿弥陀堂121009

 永観堂は南禅寺の北、五分ほどの距離で、紅葉の美しい寺として知られている。
 今回は10月上旬の散策だったが、いつか再訪できればよい、と願っている。


【多宝塔から見下ろす】(記憶がはっきりしませんが…)

永観堂の釈迦堂か121009


【永観堂 放生池の紅葉】

永観堂紅葉アップ121009


永観堂池と紅葉121009


永観堂池と紅葉2121009


永観堂の灯籠と紅葉121009


 さて、浄土信仰による平安末期の庶民の救済について十分書いたので、やっと鎌倉時代へ突入できる。
 記事にするのを忘れていた何かが出てきたら、それはまたそのときに考えよう。
 次回は臨済宗の総本山・建仁寺への訪問だ。

2012年11月16日

  1. 見かえり阿弥陀(11/16)