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六波羅 〜 付録にバラ園の写真があります

2012.10.31(18:30)

六波羅蜜寺へのお参り121008

 951年、空也がこの地に西光寺という寺を創建し、後にこの寺は「六波羅蜜寺」と改名された。そこでこの地は「六波羅」と呼ばれているとされる。
 この地は洛中から京都の住民の葬地であった「鳥辺野」に入る際の入口にあたる事から、このほかにも「六道珍皇寺」など沢山の寺院が建てられ、信仰の地として栄えた。
 院政期には平家が六波羅に広大な館を設け、武家の拠点としていた。鎌倉時代の六波羅探題も六波羅蜜寺のすぐ近隣だったようだ。


六波羅蜜寺本堂入り口121008

 京の宿から鴨川の松原橋を渡れば、もうそこは六波羅だ。
 六波羅蜜寺では、社会科の教科書・参考書などに掲載されている「空也上人像」を見ることができる。空也上人が唱えた念仏が南無阿弥陀仏の六文字ごとに阿弥陀仏となって口から出てきているという、あの像だ。(写真は禁止されているので撮影はできない。パンフレットの裏表紙の一部を紹介する)

六波羅蜜寺工事中の本堂121008


 平安時代、人気のあった密教とともに盛んになった浄土信仰は、自らが阿弥陀仏の極楽浄土へ往生することを願うものである。 
 平安京では飢餓と貧困が蔓延るようになっていき、もはや現世には救いがない。であれば、せめて死後の世界では、阿弥陀仏にすがって極楽往生を遂げたいという思いが高まっていく。
 『源氏物語』の登場人物はことあるごとに「出家したい」との望みを口にするが、それは浄土信仰が背景にある。出家して世俗を離れ、仏道に励み、死を迎える準備をするわけだ。
 貴族はいい。家が裕福であったり、あるいはそうした貴人の後ろ盾があれば、早くに出家して朝晩に経を読むような生活に入ることができる。しかし、一般庶民はそういうわけにはいかない。そのままでは庶民には救いがない。


六波羅蜜寺本堂正面アップ121008

 平安時代、僧は課役を免除されるなどの特権があったから、僧になるためには国の許可が必要だった。
 その僧侶階級の上層部は貴族で占められ、山では僧兵が暴れているという状況では、庶民はどうしたらよいのか。庶民の救済も出来ない状況に嫌気がさしてかってに剃髪し、個人で活動する私度僧が現れた。「六波羅蜜寺」を創建した空也もその一人であり、空也は庶民にも浄土教を広め「市聖」(いちのひじり)と呼ばれるようになった。


六波羅蜜寺パンフレット121029

 六波羅蜜寺はとても小さな寺で、修学旅行などのコースからは外れているが、一般客の数はとても多く、人気があるようだ。空也上人像のほかにも、平清盛座像、地蔵菩薩座像(運慶作)、地蔵菩薩立像(定慶作)など重要文化財の名品多数を間近で見ることができ、ここは京都観光の穴場と思われた。
 狭い寺でしかも工事中。風情ある写真は撮ることができなかったが、京都旅行の初っ端で強く惹かれたのがこの寺だった。


【日大生物資源科学部バラ園のバラ】(付録)

 10月31日、藤沢六会の日大生物資源科学部のバラ園を見てきました。
 写真が少ないときに少しずつ紹介していきたい、と思います。

熱情121031

 「熱情」1993年京成バラ園が作出したバラです。強健な品種だそうです。
 大輪のハイブリッドティーローズで、見映えがします。紅色の濃さが「熱情」の名にふさわしい。


ブルーライト121031

 「ブルーライト」ブルーと名のつくバラはいくつかありますが、どれもこのような微妙な色合いです。
 この写真は元の花の色をかなり忠実に再現できています。
 1995年に伊藤良順さんが作出した大輪のハイブリッドティーローズです。ブルー系では「シャルル・ド・ゴール」などはすぐに傷んでなかなかよい写真を撮れませんが、「ブルーライト」は強い種類のようで、とてもきれいです。


インカ121031

 「インカ」1992年、ドイツのタンタウ社作出のバラ。
 黄色いバラというのは褐色成分が混じることが多いですが、バラ園の中で純粋に鮮烈な黄色を感じさせるバラです。明るさ調整で暗めに調整してみても、色が濁りません。


花かがり121031

 「花かがり」 1997年、京成バラ園作出のハイブリッドティーローズです。雨に強く傷みにくいそうです。
 こちらもかなり鮮烈なオレンジ色で目立ちます。

 日大生物資源科学部は長男の母校です。それでこのバラ園を知りました。多種類のバラがあり、バラを楽しむには最適です。いまはピークを少し過ぎたところでした。

2012年10月31日

  1. 六波羅 〜 付録にバラ園の写真があります(10/31)