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戻橋(もどりばし)

2012.10.25(18:00)

現代の式神たち121011

 前回の続きということで、川の話から始める。
 京都中心部の市街の東側を縦に流れるのが「鴨川」であり、西側には「天神川」が流れてやがて桂川と合流する。真ん中を縦に流れているのが「堀川」だ。
 この日、午前中に東寺から西本願寺へと回ったので「堀川」を遡るのが自然で合理的だと思ったのだった。
 その「堀川」に架かっている有名な橋といえば、ぼくの頭の中では「一條戻橋」ということになる。
 夢枕貘さんの小説『陰陽師』では、安倍晴明は十二神将を「式神」(陰陽師が使役する鬼神のこと)として使役し家の中に置いていたが、晴明の妻がその顔を怖がったので、彼は十二神将を一条戻橋の下に置き、必要なときに召喚していたという。
 現在の一条戻り橋の下に蠢いて見える影…、あれは式神の姿なのだろうか。
 中学生たちがこの橋の下にたむろしたがるほどに「一条戻橋」は有名になってしまった。
 写真下が現在の戻橋の写真だ。


現代の戻橋121011

 安倍晴明の式神を別としても、いろいろと伝承の多い橋だ。
【僧・浄蔵の伝説】
 平安時代中期の天台宗の僧で、文章博士三善清行の息子、浄蔵の話はおもしろい。浄蔵は加持祈祷の才の持ち主として知られた僧だった。
 彼は父の危篤を聞きつけ、急ぎ京へと帰って来たが、一条堀川の橋の上で葬列と出くわした。「どなたがなくなったのですか」と尋ねると、なんと自分の父親の葬列ではないか。浄蔵は「間に合わなかったか」と驚いたが、一心不乱に祈祷を行って父を蘇らせた。死人が甦ってこの世へ戻る橋ということが、すなわち「戻り橋」の名の由来だという。
【渡辺綱の伝説】
 ほかにも『平家物語』の渡辺綱がこの橋の上で鬼女と出会い、鬼の腕を切り落とした話などがある。鬼は愛宕山に逃げ帰ったが腕を綱に切り落とされたままだ。鬼は結局綱の乳母に化けて「腕を見せてほしい」と綱に頼み、腕を取り返した、という。


戻橋より堀川下流を臨む121011

 さらりと書いたが、この世とあの世、こちら側とあちら側の「境界」にあるのが「戻橋」というのが、平安京の人々のとらえ方だったのだ。そうした境界は「六道の辻」(次回記事にて紹介)などほかにもあった。
 あちら側へ行ったらもう帰ることはかなわない。
 そのような境目を自由に往き来するとしたら、それはふつうの人間ではないのである。

 上の写真は戻橋から堀川の下流を見て撮っている。


晴明神社入り口121011

 この「戻り橋」の近くに安倍晴明を祀った晴明神社がある。夢枕貘さんの『陰陽師』が映画化されて一気に人気となったらしい。(→ 陰陽師 生成り姫/夢枕獏


晴明神社学生たちのお参り121011

 中高年齢者のお参りは、ぼくのような変わり者を除けば数少ない。圧倒的に多いのは中高校生ほか若者たちだ。


門扉の桔梗印121011

 星形のようなマークがあるが、一般には「五芒星」(Pentacle)として知られている。本来は魔除けの印だったのだろうが、キリスト教社会では上下を逆向きにしたマークが悪魔の象徴とされて使われることが多いようだ。※


桔梗印と桔梗121011

 晴明神社ではこれを桔梗印と呼んでいる。境内には桔梗が植えられている。
 パンフレットによると「陰陽道」に用いられる祈祷呪符のひとつ。天地五行(火・木・土・金・水)を象徴した宇宙万物の除災清浄を表すそうだ。 


戻橋の再現と式神121011

 境内に「戻り橋」が再現されている。この橋の欄干親柱は大正十一年から平成七年まで実際に使われていたものだそうである。
 式神の像が愉快だ。


お土産の式神121011

 ぼくはかみさんか次女が喜ぶだろうと、「式神」の携帯ストラップを土産に買った。
 厄除・開運のお守りになる、という。

 注:五芒星が魔除けや悪魔の象徴として使われていた話題は、最近角川文庫で人気の『バチカン奇跡調査官』を読むと詳しい。独り寝の旅の夜、ぼくはシリーズ作品を三冊も読んでしまった。いずれ「ディックの本棚」に感想を掲載の予定。


楽美術館121011

 さて、この日は「樂美術館」が近いので寄ってから帰ることにした。樂家第十四代吉左衞門・覚入さんが1978年に建てた。楽茶碗ほか茶道工芸美術品の美術館だ。長次郎の茶碗ほかの名品から樂家収蔵の名品が並ぶ。吉左衛門さんの作品も展示されている。じつを言うと、あまり現代的で斬新なものはぼくは好まないのだけれど…。

2012年10月25日

  1. 戻橋(もどりばし)(10/25)