
思い出してみますと、1973年4月に就職して、2010年3月に退職するまで、37年間ものあいだずっと仕事づくめ。そのうち2005年頃までの15年間は、土日も正月もとろく休みを取れない状態だったので、ぼくは新婚旅行以外に旅行というものをほとんどしたことがありませんし、横浜市内や都内ですら、ぶらぶらと散策などありませんでした。
今ごろになって都内のウォーキング案内の本など眺めながら、「六義園」って名前をよく聞くけれど、どんなところだろう? と気になり、6月26日の朝、駒込まで行ってみることにしました。

古い建物が残っています。入り口近くの二棟は改修中。
これはたぶん「宣春亭」。

柳沢吉保が元禄時代に竹園した代表的な大名庭園で、明治になって岩崎彌太郎が引き継ぎ、昭和28年に東京市に寄付したなんて、何にも知りませんでした。
気軽に見に行ってみたら、敷地面積2万6千坪超、庭園内に茶屋があり、山があり、峠があり、湊があり、橋があります。紀州和歌ノ浦の地形をモデルにしたとか、そんなとんでもない大庭園だとは知りませんでした。
正面が多分「妹背山」だと思いますが、時計回りに巡り始めて、右を向いたり左を見たり、どの角度で撮影したかがはっきりしません。

「田鶴橋」なのか、それとも「白鷗橋」を撮ったのか…
この日は午後に三菱一号館美術館のバーン=ジョーンズ展へ絵を見に行ったのですが、結局午前も午後も、岩崎彌太郎が明治時代に保全した文化遺産を見てまわったことになります。

これは多分「心泉亭」

このアジサイには「城ヶ崎」との札が立てられていました。


正面のアーチ状の岩は「蓬莱島」神仙思想を主題とした石組です。
左奥の茶屋が「吹上茶屋」ここでアジサイ色の金平糖をお土産に買いました。