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鎌倉・妙本寺 ~ 比企谷 比企能員邸跡

2012.05.25(18:30)

比企能員邸跡の碑120511

 5月11日、すでに紹介した「本覚寺」(5月16日記事)を訪ねたあと、鎌倉市大町1-15-1の「妙本寺」を訪ねました。



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妙本寺方丈門120511

 妙本寺は日蓮宗の寺院ですが、それは紆余曲折あってそうなったもので、ぼくにとって大切なのは、この谷戸が比企谷(ひきがやつ)と呼ばれ、鎌倉時代に比企能員(よしかず)一族の屋敷があった跡だ、ということでした。


階段下から妙本寺本堂を見る120511

 比企能員は鎌倉幕府の有力な御家人で、源頼朝の乳母比企尼の養子、能員の妻は源頼家の乳母という将軍家に近い関係でした。
 ところが頼朝亡き後の執権北条氏というのは、有力な御家人の一族が大嫌い。難癖付けては対立し、のっぴきならぬところへ追い込んでは「謀反だ」として一族を滅ぼしてしまうという陰謀が大好きな連中です。比企一族もやられました(小御所合戦、比企の乱、比企能員の変)。
 我が祖先も北条氏にやられた三浦一族に繋がるので、上のような話を聞くとぼくは何かと比企一族に肩入れしてしまい、ここを訪ねてみたくなったというわけてです。

 上の写真ですが、方丈門から入っていき、狭い階段を昇ると、その奥に本堂が見えてきます。 


妙本寺本堂120511

 上が本堂です。


妙本寺本堂屋根120511

 本堂の屋根。
 屋根の紋などから日蓮宗の寺院であることがわかります。
 比企能員の末子能本が生き残っていました。Wikipedia によりますと「儒学者として幕府につかえ、鎌倉で布教していた日蓮に帰依していたため、邸宅を献呈し堂宇とし、妙本寺とした。以後日蓮宗の重要な拠点となった」というのが妙本寺の由来のようです。


妙本寺本堂破風120511 妙本寺鐘楼120511

 上・左は本堂破風、笹竜胆の紋は 源氏との関係を示すのでしょうか。
 上・右は鐘楼です。


妙本寺祖師堂120511

 祖師堂です。
 その寺の開山・開基,またその宗派の開祖の像(祖師像)を安置する堂で日蓮宗では重要視されて立派な建物が多いようです。


妙本寺祖師堂から二天門を臨む120511

 祖師堂から二天門を臨みます。


妙本寺祖師堂斜め下から120511

 帰ってきてからいろいろと勉強していると、比企氏の墓を見ていないし、いろいろと見落としがあります。
 寺院巡りというのは、このように一回だけではダメでして、初回は場所と雰囲気を憶えて、二回目以降の訪問が一層充実するよう下調べが肝心です。

2012年05月25日

  1. 鎌倉・妙本寺 ~ 比企谷 比企能員邸跡(05/25)