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青山墓地 ~ 第62回SanPoの会の記録記事(3)

2012.05.07(16:28)

【青山墓地中央の交差点】

青山霊園の桜120421

 第62回SanPoの会の記録記事、前回では、乃木神社・乃木希典邸を訪ねました。
 乃木神社を出た後は、東京ミッドタウンの前から国立新美術館前。ぐるりと迂回して青山霊園(青山墓地)へと向かいます。Wikipediaによりますと、明治5年、美濃国郡上藩(現在の岐阜県郡上市)の藩主だった青山家の下屋敷跡に開設され、当初は神葬祭墓地だった、とあります。明治7年、市民のための公共墓地となり、明治22年、東京府から東京市に移管され、大正15年、斎場の建物のすべてが東京市に寄附されて日本で初めての公営墓地となったそうです。
 というわけで、広大な(約26万平方メートル)の中をうろうろと有名人の墓地を捜すことになりました。

 私の記憶はやや不鮮明につき、一部SanPoの会リーダーのNさんの言葉を借りながら、4月21日夕刻の青山墓地の様子を記録いたします。

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【乃木家の墓】

乃木希典・静子の墓120421

 ここでは先ずお目当ての乃木将軍の墓を目指しました。
 乃木希典と静子夫人のお墓は質素ですが、自然石で作られ並んで建っており、反対側に長男(勝典)と次男(保典)の墓があります。
 上右が乃木希典、上左が夫人静子の墓。

乃木希典の息子たちの墓120421

 上は乃木希典の息子たちの墓。

 次は秋山好古(秋山真之のお兄さん)の墓を目指したのですが、これがちょうど乃木さんのお墓と全く対角線上の反対側にある形となっており、広い青山墓地の端から反対側の端まで散策することとなりました。


小村寿太郎の墓120421

 途中「ポーツマスの旗」の主役である小村寿太郎、時代は異なりますが満州馬賊の頭目と言われた頭山満の墓や明治の元勲と言われた人たちの立派な墓もあり、ちょっとした GRAVE HUNTER といった感じです。
 吉田茂の墓だけはどうしても見つからず時間切れで give up。
 上・小村寿太郎の墓。


犬養毅の墓120421

 犬養毅の墓(5.15事件で暗殺されました)。


【秋山家の墓】

秋山家の墓120421

 秋山好古の墓は独立したものはなく、秋山家の墓の中に納められており、横の墓誌名で名前が確認できました。(注:真之の墓は見つかりませんでした)


秋山家の墓誌120421

 (注)貞子は母。保子さんはわかりません。則久は秋山兄弟の長兄、病床にあったため好古が家督相続。多美は好古夫人。


秋山家の墓全体120421 北里柴三郎の墓120421

 秋山家の隣に北里柴三郎の墓がありました。
 上左が秋山家の墓の全体像。右が北里柴三郎の墓。


【海軍の将士たちの殉難】

常陸丸殉難の碑120421 PRADAだったか…120421

 元のコースにもどる途中に日清戦争のために海軍がフランスへ発注したが、回航途中の東シナ海で消息を絶った巡洋艦畝傍(うねび)と砲艦千島の立派な遭難記念碑がありました。砲艦千島はその畝傍の保険金で同じくフランスが建造した船ですが、こちらも回航中に英国船との衝突事故で沈没しています。
 フランス製はこの他にも日清戦争では三景艦と言われた3隻の戦艦(松島、橋立、厳島)に装備したフランス製の主砲が、実際の海戦でほとんど役に立たなかったという問題もあり、どうも日本海軍とは相性が悪い様です。
 また、常陸丸殉難近衛後備隊将士の墓(上・左)というのもありました。これは日露戦争開始間もなく大陸へ向かった輸送船常陸丸がロシア艦隊と遭遇し、砲撃を受けて沈没し千人以上が戦死したという事件です。
 その後の戦争では輸送船に護衛の軍艦を付けるのが当然のこととなりましたが、日露戦争開始時は日本海軍も、それだけ船をやり繰りする余裕がなかったということでしょう。
 この辺りの事情が、海軍の旅順艦隊撃滅必至から陸軍への旅順要塞攻略要請へと繋がっていき、日露戦争最大のハイライトである旅順要塞攻防戦へ続く背景となっているのでしょう。
 青山墓地散策は図らずしも「坂の上の雲を訪ねての第3弾」となってしまいました。

 青山墓地から根津美術館を経由して南青山五丁目の通りを表参道の交差点へ向かいます。根津美術館については、「KORIN展」ということで 国宝「燕子花図」とメトロポリタン美術館所蔵「八橋図」の展示をやっていましたが、横目に見て先を急ぎます。青山墓地の墓捜索が時間が掛かりすぎました。
 表参道へ向かう通りはさながらブランドファション店の通りで、カルティエ、プラダ(上・右:ヘルツォーク・ド・ムーロン設計の プラダ ブティック 青山店)といった有名店が多数出店しています。道行く若い女性の服装もかなりファッショナブルです。

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 このあとは、SanPoの会の恒例で、表参道から外苑前方向へ歩いてすぐのところの銭湯、清水湯南青山店にて入浴となりました。大きくはありませんが、設備もまだ新しい都会型銭湯でした。
 入浴でさっぱりした後は、いつも通り外苑前の新スタイルの和民で懇親会を行いました。

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2012年05月07日

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