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松阪城の御城番屋敷

2012.02.22(16:06)

御城番屋敷の入り口120116

 三重県「食べ歩き」旅行の最終日、松阪城を出たところからの記録です。
 松阪城の正面を下りていくと、目の前に上の写真のような光景が広がっています。
 左側の屋敷、ずいぶんと長く繋がっていると見えませんか?


御城番屋敷土蔵120116

 左側のひとつ手前にはこのような建物があり、これは「御城番屋敷」の土蔵で、当時は城内に建てられていた米倉で、ここへ移築されたとのこと。つまりこれが事実なら、松阪城の建物としてはこれが唯一現存しているもの、だそうです。
 トップの写真の長い建物の手前を左側に曲がったところにあります。


御城番屋敷の配達便120116

 しかし、おもしろいのはこの景色。オートバイは何かの配達のようで、個人の家に配達しているわけですが、たとえば一軒の家をちょっと覗き込んでみると、こんな感じになっています。


一戸一戸は個人の家120116

 家と家の間隔は皆無で、「組屋敷」といい、昔の松阪城警護のための紀州藩士と家族のための「組屋敷」がそのまま残され、建物は左右それぞれ、向こうまで長く繋がっているのです。
 表札があり、いまでも人が住まわれているのですが、みなさん紀州藩士の子孫の方々なのでしょうか。
 一軒(西棟北端)が復元整備され公開されているそうですが、月曜日はお休みで見学できませんでした。


振り返ればそこはお城2120116

 この南北に長い通りを抜けて右側を見ますと、「松阪神社」があり、そのままぐるっと背後のほうを眺めれば、丘の上へ松阪城の石垣が広がっています。写真をよくご覧になれば、家が途切れなくずっと繋がっていることがおわかりでしょう。


振り返ればそこはお城120116

 とりたててどうこういうほどのことはないのでしょうが、このようなお城の警護の武家屋敷が残っていて、いまも一般住居として使われている、ということが、とてもものめずらしく感じました。
 石畳の道がすばらしい。お城の景色もいい。
 でも土日のたびに観光客にぞろぞろと歩かれては、お住まいになられている方はかなわないでしょう。
 それならば、天守閣の復興再建とかしないで、このままのほうがよいのかも知れません。

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 昨日は丸一日快調で、スポーツクラブにまで出かけたのですが、きょうは起床と同時に心房細動の発作。ちょっとしたことで一日のスタートが変わります。きょうは発作停止まで約7時間。先日の13時間よりはマシですが、一日が半分になってしまいました。
 かみさんは11時半頃に帰宅しました。長男は「まだ腹が痛い、少し腹具合が悪い」とはいいながら、出勤したようです。結婚の話なども出ているのですが、嫁さんになる(予定の)女性にしてみると、未経験の土地で友人もなく、月曜日から金曜日まで夫のいない生活が二、三年は続くことになり、それもまた、たいへんなことです。

2012年02月22日

  1. 松阪城の御城番屋敷(02/22)