伊賀上野城の石垣

2012.01.31(18:30)

伊賀上野城石垣の上でポーズ120115

 伊賀上野城の最大の魅力はこの高い石垣です。石の大きさなどは大したことはありませんが、堀の水面からの高さが半端ではありません。


石垣で怯える犬120115

 トップの写真の直前です。犬を連れた人が先のほうへ行っていまして、ご主人ができるだけ端のほうへ連れて行き、離れたところから奥さんが写真を撮ろうとしているのです。ダルメシアン君はあきらかに怯えて嫌がっていました。


石垣の際から撮影120115

 こういう写真は、とても立った体勢では撮る気になれません。


落ちたら自己責任の石垣120115

 東京だったら柵を巡らして端のほうへは行けないようにするのではないか、と思われますが、ご覧のようにどこもそのままストンと落ちていける状態で、落ちたら完全に自己責任です。事故を一番起こしそうなのはカメラマンだろうな、と思います。


石垣下から120115

 こうして石垣の下のほうから見ると、さほど傾斜が切り立っているわけでもないのですが、上から覗き込んだら足がすくみます。


忍者装束の親子120115 俳聖殿120115

 出会った忍者装束の親子。楽しそうでした。顔がはっきり判別できない程度に縮小した画像で紹介します。お子さんがしっかりポーズをとっています。
 右上の建物は俳聖殿。伊賀生まれの芭蕉を顕彰する施設で、これも伊賀上野城を再建した川崎克氏が私費で建築されたそうです。
 伊賀上野の観光集客に川崎氏が果たした功績はこの城があっていまだに続いていることになります。衆議院議員当選11回、従四位勲二等に叙されたそうです。

伊賀上野城を散策

2012.01.30(18:30)

伊賀上野城正面120115

 1月15日、お世話になった旅館「戸田家」さんをあとにしまして、家族5人は鳥羽駅前のトヨタレンタカーへ向かいました。
 小型ワゴン車の運転席に座るのは長男です。地元で運転して営業に回っているのだから、任しておけば安心だろう、というわけです。
 まずはかみさんが知り合いから紹介を受けていた鳥羽市内のK真珠店の前へ自動車を停めまして…。
 店内でいろいろ見ながら「真珠の良し悪しの見分け方」などちょっと話しかけたらここのご主人は話し好きで次から次へと話題が豊富。
 「当店へはどのようにして?」との質問にかみさんが紹介者の名前をちょっと出したら態度が一気にやわらかくなりまして、コーヒーは出てきますし、値引きも…。
 話が弾んでいるときに、ある老紳士が来店、馴染みのお客さんの様子。長男が「あ、もしかして…」と言い出しまして、挨拶に出て行きます。この老紳士は尾鷲市の病院の先生で、苗字がこちらの真珠店名と同一。こちらの店のご主人のお父さんであると判明。長男は製薬会社のMRですから、得意先の先生との対面となったわけでして、私たち家族もご挨拶。そして女性陣はこの機会にとお買い物。
 世の中は狭いです。家族で旅行に来て一軒しか訊ねていない真珠店で長男の得意先の先生と出会う。偶然とはまあ、こんなものでしょうか。

 思わぬ縁があって予定より大幅に長引いた真珠店でのお買い物でしたが、ここからは一気に伊賀上野へ向かいます。


石垣の伊賀上野城120115

 伊賀上野城や忍者屋敷は、私は15年ほど前に Nifty の会議室のオフ会で行ったことがあります。見どころの紹介もできますが、今晩は取りあえず天守閣付近だけ。


伊賀上野城天守閣入り口120115

 伊賀上野城天守閣入り口付近から見上げています。


伊賀上野城欄間120115 忍者出現120115

 欄間の辺りがちょっとおもしろい(上左)
 伊賀と言えば、伊賀忍者ですが、こんなところに…。でも、もう少し上手にそれらしくやってほしいなあ。


天守閣から櫓と市街を臨む120115

 伊賀上野は小さな盆地で、もともとは筒井家の領土でした。しかし家康が筒井家の失政を理由にこれを改易。藤堂高虎が城主となり、城を拡張しました。
 天守閣は慶長17年(1612年9月)の暴風雨で倒壊したのですが、これを昭和10年、地元の名士川崎克氏が私財を投じて木造で復興再建しました。昭和の建築ではあっても、木造の天守閣ということになります。


天守入り口上から120115 藤堂高虎の冑120115

 左上、天守閣入り口の門の辺りを見下ろしています。
 上右は藤堂高虎が豊臣秀吉から拝領した冑。のちに藤堂良重が拝領し、大坂夏の陣に着用したものだそうです。


伊賀上野城背後から120115

 伊賀上野城の背後になります。

 さて、木造の城ということなら、きちんと残っている城がありますから、まだほかでも見ることができます。伊賀上野城は、天守もまずまず「ふつうのお城」といった感じです。
 しかし、伊賀上野城の見どころは、こんなものではありません。次回の記事をご期待ください。

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 「物置の解体」が30日ではなく、明日31日になりました。
 そこできょうはスポーツクラブへストレッチ、ウォーキング、マシン・トレーニングに出かけました。スポーツクラブへ行くようになる前の2年間は、腰痛のために腰をすっと伸ばして歩くことができなくなる、ということが3回もありました。いまはそれがなくなり、頸椎ヘルニアも腰椎ヘルニアもほぼ引っ込んで出てこなくなったので、これもやはり続けることが大切だと思います。
 しかし、冬は寒くて何かと億劫です。三重県食べ歩きの前後で運動が「中9日」になった前回は、筋肉がすなおに伸びず、ストレッチだけで痛かったのですが、本日は「中3日」のせいかかなり楽でした。
 適度な運動はやはり週2回以上のペースがよいようです。

八重の深紅のツバキ

2012.01.29(21:00)

八重の黒っぽいツバキ120126

 毎年楽しみにしている根岸森林公園のツバキです。
 三重県食べ歩きに出かける前、1月12日に何枚か撮りましたが天候が悪くいまひとつ満足がいかず、26日に晴天となったので、今度はどうか、と見に行きました。これひとつしか見つかりませんでした。
 梅林では開花の気配もなく、ツバキも開花が遅い。今年はどうもそういう気候のようです。初春とは言いますが、横浜では今頃になって冷え込みが厳しくなり、梅やツバキは戸惑っているようです。

 写真のツバキは八重ですが、不規則に黒っぽい部分ができ、花によって雄しべが不規則に残り、黒っぽい赤が魅力です。このような撮りにくい場所でなく、もっとよい構図で撮れるところに咲いてほしいものです。
 ツバキの向こう側はフェンスで、フェンスの向こうはアメリカです。米軍関係者以外は許可なく立ち入りできません。

 写真一枚だけの記事で申し訳ありませんが、庭の改造を始めたら、物置の取り壊しが必要になりました。そのための掃除・整理には一部の未整理物件を家の中へ運び込む必要があります。そのスペースを空けるためにまた片付けが必要です。亡父がためこんだ物品の整理に手を焼いて、ブログに時間をかけられない状態が続いています。
 物置ですが、たとえば練炭を何個か袋詰めしたもの、抱えるだけでこれはまるで重量挙げです。腰を痛めるとたいへんなので慎重に…。なんでこんなものをこんなにたくさん物置へ入れてあるんだ!!! 使っていない味の素の大缶が何個も出てきたり、埃と虫の卵とにまみれて、大切な写真らしきものが混じっていたり、例を挙げたらきりがない。大作業なのです。
 じつはこれをもう何日間もやっていて、その合間に「San Poの会」とか旅行とか出かけていましたが、庭の改造や物置の取り壊しを業者に依頼してしまったので、これ以上引き延ばしできないところへ追いつめられております。

ヤブツバキほか

2012.01.28(18:30)

ヤブツバキ120126

 「San Poの会 」がきょうは午後1時集合なので、その前に記事を予約登録していこう、としています。
 上は1月26日のヤブツバキ。まだまだこれからのようです。今年は梅の開花も遅めのようです。


サザンカ120126

 上と下はまだ頑張っている山茶花というか寒椿というか…。
 ぼくとしては、花弁がバラバラに散る花を「椿」とは呼びたくない、という気持ちがあります。


サザンカ120126

 全体に眺めてそろそろ終わりだな、というところですが、新しく開花する花もまだあって、このように元気な色を見せつけていました。

 昨日の写真は、新宿御苑の「フランス式庭園」と呼ばれている付近です。大木戸門からはいって左奥、ぐるりと千駄ヶ谷門のほうへ大きく回っていくと行き当たります。
 おそらく新宿門から入る方たちが多く、新宿門からは一番遠い辺りに位置しています。

スズカケの並木 ~ ここはどこでしょう?

2012.01.27(18:30)

スズカケの並木120127

 今朝は7時20分に家を出て慶應病院へ行っていました。午前と午後の診療の合間に外出。まさかこのような景色に出会えるとは…。
 剪定が厳しく、自然樹形でないのがかえって都会風でおもしろいのかも知れません。
 病院疲れ、歩き疲れ、目の疲れ…、だから写真を整理するのが面倒でつらい。申し訳ありませんが一枚だけとさせていただきますが、これは並木ですから、ずらっと並んだ写真も撮ってありまして、いずれご披露しようかと思います。

 予定通りきょうは早寝して体調を整え、明日は「San Poの会」に参加いたします。泉岳寺ほか赤穂浪士ウォーキングというテーマ設定になっています。泉岳寺は訪れたことがないので楽しみです。明日はみなさんのブログへはおうかがいできないかも知れません。

ニホンスイセン

2012.01.26(18:26)

根岸森林公園梅林のニホンスイセン120126

 ニホンスイセンはどこにでもありますが、なにかごちゃごちゃと咲いて、萎れたり傷んだりしている花まで画面に入ってしまったり、あまりにも雑然としていたり、案外とよい写真が撮れません。
 きょうのトップは根岸森林公園の梅林のニホンスイセンです。


近所崖上のニホンスイセン縦120126

 上は近所の崖上のニホンスイセン。
 ぼくとしてはスイセンは低い位置から眺めるのが好きなので、擁壁の上の土地に咲いていたりするのが好みです。逆光は光の加減がむずかしい。


崖上のニホンスイセン縦右向き120126

 半逆光。これは案外といい感じです。

 昨日は山種美術館で創立45周年記念特別展の所蔵日本画展、横山大観、上村松園、小林古径、加山又造、平山郁夫、速水御舟などの名品を見て、その足で日本橋三越にて吉野石膏美術振興財団のコレクション展、これもまた横山大観、上村松園、鏑木清方、小林古径、安田靫彦、前田青邨、奥村土牛、速水御舟、小倉遊亀、伊東深水、上村松篁、岩橋英遠、片岡球子、東山魁夷、杉山寧、奥田元宋、山辰雄、加山又造、平山郁夫などの名品揃いでして、たっぷりと日本画に浸った一日でした。
 こういうコレクションが表へ出てきたときは、余裕があるならできるだけ見ておかないと、またいつ巡り逢えるかわかりません。

 なお、明日は慶應病院で朝から診療がありまして、午前の診療の後、検査があって待ち時間があり、別の科での診療があります。ほぼ丸一日です。土曜日にはまた「San Po の会」がありまして、ブログはやや不定期にお休みをいただかざるを得ないと思います。

鳥羽港の宿へ一泊 ~ 記事の半ばに「秘技」が飛び出します

2012.01.25(18:30)

戸田屋のプールサイド120114長女撮影

 本日は前半6枚が長女の撮影した写真になります。使用カメラは Olympus Pen です。
 近鉄鳥羽駅を降りるとすぐ目の前に鳥羽港が広がり、その手前に「戸田家」という大きな旅館があります。建物の外観はホテルですが、食事を部屋で食べることができ、蒲団も敷いてくれます。
 写真は2階のプールサイドをホテルから眺めたところ。ホテル内の証明が反射しているのは仕方がありません。


泊まった部屋からの鳥羽港120114

 こちらは泊まった部屋から鳥羽港を見下ろしました。
 まだ完全に暗くはなっていなくて、黄昏の風景です。


戸田屋の夕食120114長女撮影

 豪勢な戸田屋の夕食。これに茶碗蒸しやら天ぷらやら、あとからどんどん出てきます。ご飯は釜飯で、火を付けて卓上で最後の蒸らしまでやります。


刺身盛り合わせ120114


      伊勢エビをこれから…120114  伊勢エビを丸呑み120114

 秘技、伊勢エビの丸呑み!


夜明けの鳥羽湾の入り口120115

 翌朝、寒い中ホテルに直結している小さな埠頭へ出て、沖の湾の入り口のほうを撮しました。夜が明けたばかりです。ここからはぼくのカメラです。


夜明けの鳥羽港の埠頭120115

 今度はプールサイドへ出て撮影。埠頭にには、まだライトが灯っています。


夜明けの鳥羽港の船120115



早朝の鳥羽港120115

 かなり明るくなってきました。
 朝はバイキング。名物「櫃まぶし」(ひつまぶし=ウナギ(鰻)を用いた郷土料理 )も食べることができます。「伊勢うどん」も試してみました。バイキングだといろいろと試してみることができていいですね。
 この日はこれからレンタ・カーを借りるのですが、それも駅前で近くて便利です。ちょっと真珠屋さんへ立ち寄りまして、それから伊賀上野へ向かう予定です。

2012年01月

  1. 伊賀上野城の石垣(01/31)
  2. 伊賀上野城を散策(01/30)
  3. 八重の深紅のツバキ(01/29)
  4. ヤブツバキほか(01/28)
  5. スズカケの並木 ~ ここはどこでしょう?(01/27)
  6. ニホンスイセン(01/26)
  7. 鳥羽港の宿へ一泊 ~ 記事の半ばに「秘技」が飛び出します(01/25)
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