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鎌倉・浄光明寺

2011.12.20(18:30)

浄光明寺110923

 9月23日に出かけた鎌倉の寺を今頃記事にしたのは、紅葉が終わりネタがなくなったからというわけではありません。
 浄光明寺は英勝寺へ彼岸花を撮りに出かけたときに足を伸ばしました。ご覧のようにいかにも山寺で、取り立てて花もなく、鎌倉らしさはあっても記事にしにくかったのですが、どうしても記録しておきたい事情ができました。
 この日、浄光明寺には「お知らせ」の立て札が立てられていて、本尊の阿弥陀三尊は10月20日から12月9日まで上野の国立博物館(先日紹介しました)へ特別展「法然と親鸞 ゆかりの名宝」へお出かけになるので、その期間中は通常非公開の不動明王像ほ特別公開するとのことで、まだ9月23日でしたが、その不動明王像のほうを見てきたのです。
 ご覧のようにいかにも地味な鎌倉の山寺で、「『阿弥陀三尊』といってもどうせたいしたことはないだろう」くらいの気持ちでいました。
 そんなことはもうすっかり忘れて、11月17日に上野の国立博物館(12月9日にユリノキの大木を紹介しました)へ出かけたわけですが、突然に出会った「阿弥陀三尊」にはびっくりしました。奈良のお寺で見るような大きな立派な阿弥陀如来だったのです。


浄光明寺を裏から110923

 11月から12月にかけて大急ぎで浄土宗・浄土真宗、あるいは法然、親鸞、一遍について勉強したのですが、浄土信仰は平安末期から鎌倉時代に急速に勢力を伸ばしたのですね。12月12日に紅葉を紹介した九品仏浄真寺も浄土宗でした。
 この浄光明寺は真言宗泉涌寺派の寺院ですが、開山の真阿は浄土宗の僧で、創建当初から兼学の寺であったとのことで、本尊が阿弥陀如来だということのようです。
 浄土信仰とは,「弥陀仏の主宰する極楽浄土へ生まれ変わることを願う信仰」で、阿弥陀如来の立てた誓いの中に、「我が浄土へ生まれたいと願って念仏するものはすべて我が浄土へ生まれ変わることができる」というものがあるのです。だからただ「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで、「どんな人間でも必ず浄土へ生まれ変わって救われる」ということになっているわけです。単純でわかりやすく、だから貴族も武士も農民も、広い階層に広まったのでした。


浄光明寺の墓110923

 いかにも鎌倉の寺らしい、やぐら(鎌倉を中心に存在する中世の横穴墳墓)の写真を紹介しています。
 まあ 半やぐらといった感じでしょうか。


浄光明寺の墓2110923


イヌマキ110923

 浄光明寺は樹齢750年と言われるこのイヌマキ(マキ科マキ属)でも知られているようです。

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2011年12月20日

  1. 鎌倉・浄光明寺(12/20)