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第52会 San Po の会 ウォーキング ~ 弘明寺、三殿台遺跡、岡村天満宮

2011.10.15(17:30)

 10月8日の「San Poの会」のウォーキング・コースは、京浜急行弘明寺駅がスタート地点でした。
 はじめに、昔は弘明寺の裏山であった「弘明寺公園」へ登り、横浜の景観を楽しんだ後、弘明寺を参拝します。それから徒歩約30分の「三殿台遺跡」へ登ります。
 そのあと磯子区・岡村の岡村天満宮へお参りして、JR根岸駅へ向かい途中の銭湯に立ち寄り、汗を流してから根岸駅近くで夜の懇親会を開く、というもの。
 距離はさほど長くはないのですが、横浜特有のアップダウンを繰り返すというコースでした。


弘明寺公園からの展望111008

 さて、Wikipedia によりますと、弘明寺は「かつては広い寺有地を有していたが、廃仏毀釈による公有地化で北側の大半(現・弘明寺公園)を横浜市に譲渡し、北側には湘南電気鉄道(現・京浜急行電鉄)弘明寺駅が開業、更に駅周辺では寺自身が民有化をすすめたことなどにより、寺有地は過去の約2割にすぎなくなっている」とのことで、現在の「弘明寺公園」も弘明寺の境内だったということのようです。
 上の写真のように、公園の展望台に上ると眺めは抜群です。


賑わう弘明寺111008

 弘明寺は十一面観音菩薩を本尊とする真言宗のお寺です。この日は三連休初日の土曜日の午後、写真のように参拝客で賑わっていました。


弘明寺の本堂110204

 このお寺は光線の加減が悪く、本堂の全体像を撮ろうとするとかなり困難を伴いますが、本堂の屋根などが特異なので、是非全体像を紹介しておきたいところです。
 上に「San Poの会」とは別に個人的に2月4日に撮ってあった写真を掲載しておきます。この写真も左上から陽が射していて、正面は暗くなりました。本堂の様子がわかるよう無理矢理加工しています。


弘明寺商店街アーケード111008

 弘明寺商店街の様子です。この日は10月8日で、毎月8日は早くお参りすれば商店街のお菓子屋さんの和菓子をいただけたはずですが、残念ながら「San Poの会」は午後からなのでした。このように、弘明寺と商店街は密接な協力関係にあるようです。
 アーケード内を進んでいくと、アーケードが掛かったままで大岡川を渡れます。橋の上にアーケードをかけているのは全国でここだけだそうです。
 大岡川沿いに、「三殿台遺跡」へ向かいます。

発掘現場保護棟110204

 「三殿台」は海抜50m の高台に過ぎませんが、ほとんどまっすぐ登れという坂道で、ぼくは2月4日に登ったときは7割程度登ったところで心房細動の発作を起こし、残りを登るのが大変でした。
 この日はその反省があって、ゆっくりと登らせてもらいました。

 「三殿台遺跡」に着きました。三連休の土曜日ということでボランティアの方がていねいに説明してくださいました。
 隣の岡村小学校の校庭として拡張する予定だったときに遺跡が出たため、1961年に延べ5000人が参加する発掘調査を大急ぎで実施したところ、次々と竪穴式住居跡が発見され、それが縄文~弥生~古墳時代の各期にわたって何層も発見されるという大きなムラ跡であることがわかり、永久保存が決定された、とのことです。
 発掘調査跡は中央の住居跡保護棟に囲われて保存され、周囲は再度埋め戻されて保存されることになりました。縄文、弥生、古墳時代それぞれの時代の典型的な住居跡が一棟ずつ復元されています。
 未整理の出土品が多数収蔵庫にあるため、横浜市三殿台考古館ではときおりボランティアを募集しているようです。この日も土器の整理などをされている方がいらっしゃいました。
 埋め戻した跡は青々とした芝生なのですが、保護棟の写真をこの日撮っていなかったので、上は2月4日の写真を使わせてもらいます。


保護棟内の様子111008

 保護棟内の様子です。
 発掘現場そのものです。この保護棟以外の発掘現場は、出土品を回収したのちに埋め戻されています。


縄文時代竪穴式住居110204

 繰り返しになりますが、ここでは縄文~弥生~古墳時代の各期にわたって何層も発見された大きなムラ跡であり、それぞれの期の竪穴式住居をひとつずつ復元して見せています。
 三枚写真がありますが、10月8日は「San Po の会」のおじさんたちの記念写真ばかりですから、それぞれ2月4日の写真を使っています。
 上は「縄文時代竪穴式住居」を復元したものです。


弥生式時代竪穴式住居111024

 上は「弥生時代竪穴式住居」を復元したものです。


古墳時代竪穴式住居110204

 上は「古墳時代竪穴式住居」を復元したものです。
 中は広く四角くなって、奥に炉があります。
 大和朝廷や蘇我氏、物部氏などの豪族が血みどろの権力闘争をやっていた頃、関東の庶民は、比較的大きな村でさえ、このような住居で生活していたのだ、ということですね。


岡村天満宮110204

 岡村天満宮は鎌倉時代の建久年間(1190~1198)に源頼朝の家臣が京都の北野天満宮の分霊をいただいて、この地に社を創建した、ということのようです。岡村公園は梅の時季には梅林がきれいらしいですが、この日はパスすることにしました。このあとはまっすぐ根岸まで歩くことになっていまして、距離がかなりあったのです。

 根岸の「大盛館」は広くて設備もよく、気持ちのよい銭湯でした。そのあとは、根岸に近い中華料理店「百里香」で懇親会を開きました。

2011年10月15日

  1. 第52会 San Po の会 ウォーキング ~ 弘明寺、三殿台遺跡、岡村天満宮(10/15)