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物流博物館から池田山公園・ねむの木の庭へ ~ 「San Po の会」ウォーキングの記録

2011.07.27(17:00)

【物流博物館】

新発田駅貨物上屋110723

 第49回「San Po の会」(7月23日)のコースは、品川駅西口を出て、まず「物流博物館」へ向かった。

 写真は「新発田駅貨物上屋」ということなのだが、なぜ日本通運のトラックが写っているのか、というと、「物流博物館」は大手町ビルにあった日本通運株式会社本社内に創設された「通運史料室」がその基礎となっていたからだ。


パイスケをかつぐT氏110723

 「物流博物館」では、江戸時代から昭和までの物流のあゆみを紹介。天びん棒や米俵などを担ぐ体験もできる。ウォーキング仲間のT氏によると、パイスケを天秤棒でかつぐには腰でバランスを取ることがコツだ、とのことだ。


オート三輪110723

 ここではまた、現代物流の要所である空港、港湾、鉄道、トラックの各ターミナルのジオラマ模型のほか、物流に関するビデオ、クイズ、ゲームなどを通して、暮らしと産業に欠かせない物流のしくみをわかりやすく紹介している。
 写真は懐かしいオート三輪だ。( 下は展示の記事の写真。ご参考に)

オート三輪の普及背景110723


大きな地図で見る


 物流博物館を出て、急な坂を登る。この付近は「島津山」といい、旧島津公爵邸があったところだ。
 現在は清泉女子大学の敷地内で管理されている。
 「旧島津公爵邸」の記事は左の色が変わっている部分をクリックしていただきたい。
 旧島津公爵邸を出たあとは島津山を下り、東五反田を通り、上大崎方面の「池田山公園」に向かう。コース内に「畠山記念館」(茶道具のコレクション等を展示)があるが、今回はここは立ち寄らなかった。


【池田山公園】 (旧池田藩下屋敷跡)

池田山公園の池110723

 「池田山公園」については、Wikipedia を参考にしながら記述する。
 池田山公園付近は、江戸時代、岡山城主・池田氏の下屋敷があった。このため付近の高台は「池田山」と呼ばれた。池田山公園のあるところは、池田家の下屋敷の奥庭の部分だ。品川区が整備して、現在でも江戸時代の回遊式庭園の面影を残し、一般に公開されている。 


池田山公園の白いユリ110723

 池田山公園のユリ。下はヤマユリだと思われたが、中の斑点の紅色がかなり赤い。


池田山公園の山百合110723


【ねむの木の庭】(皇后実家正田家邸宅跡

ねむの木の庭110723

 「池田山公園」を出て、付近の高級住宅地を歩き、「ねむの木の庭」に立ち寄った。
 「ねむの木の庭」についても、Wikipedia を参考にしながら記述する。
 ここはもともと皇后の生家として知られる日清製粉社長の正田家の邸宅があったが、故正田英三郎の遺産の相続税の一部として国に物納された。その後、品川区が国から跡地を取得、公園として整備したもの。名前の由来は皇后が高校時代に自身で作った詩「ねむの木の子守歌」に因んでいるそうだ。
 写真の中で背の高い木がネムノキだった。

 
ねむの木の庭のヤブカンゾウ110723

 「ねむの木の庭」で撮影したヤブカンゾウ。

 さて、「ねむの木の庭」を出たあとは、杉野学園衣装博物館を見たのだが、ここはあまりおもしろくなかった。展示物が少なすぎる印象を受けた。
 杉野良子さんは1926年に杉野芳子ドレスメーカースクールを東京・芝に創立。その後品川区上大崎の現在地に移り、ドレスメーカー女学院と改名した。杉野学園衣装博物館は杉野学園の付属施設となっている。
 そのあとは、目黒駅へ出たあと、武蔵小山へ移動して銭湯「清水湯」に浸かり、和民で懇親会を開いて解散した。

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 最近読んだ本の感想 : 下記の題名をクリックしてください。

 『直感で分かる数学』(畑村洋太郎)
 『天地明察』(冲方 丁)
  
 なお、天地明察は渋川春海という人が江戸時代に改暦に情熱をそそぐ物語です。物語の中で渋川春海が天球儀を製作する件があります。
 7月26日、たまたま上野の国立科学博物館を訪れたぼくは、渋川春海製作の天球儀の実物を見てしまいました。
 ↓ クリックしてください。写真が出てきます。
 渋川春海が製作した「天球儀」

2011年07月27日

  1. 物流博物館から池田山公園・ねむの木の庭へ ~ 「San Po の会」ウォーキングの記録(07/27)