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和田城趾を捜して ~ 「和田の里」を歩く(2)

2011.05.31(19:39)

ブラシの木110519

 平塚農業高校初声分校の周辺を、和田城趾の碑を捜して3、40分うろうろしていたことは、昨日書いた。
 結局城趾の碑は見つからなかったのだが、その代わりおもしろい写真が撮れた。
 これは「ブラシの木」だが、わが家の近所や港の見える丘公園の山手111番館などで撮影してみたがどうもぱっとしない。この背景はインパクトがあっておもしろいぞ、と閃いた。


ドコモの施設110519

 送電線もおもしろいが、これは何だろう?
 「CV初声町」の札があった。ドコモとパケット中継業者を接続するための Con Verter 装置のことらしい。


和田城趾かと疑った坂の上110519

 ここは最初に和田城趾ではないか、と疑った坂の上を見た写真だ。
 上は広い台地が広がり、見渡す限り畑と住宅地が広がっている。もう少し行けば、そこに和田城趾の碑があったのかも知れない。鎌倉時代の話だから、城というより「館」程度のものだったかもしれない。「和田の里」は三浦半島有数の穀倉地帯だったそうで、和田義盛は三浦義明の孫に生まれ、現三浦市初声町和田を領したことから和田氏を名乗り、父の死後にこの付近へ居館を移して、拠点に定めたのだ。


エル】(日本大学生物科学資源部のバラ~最終回)

エル110516

 「エル」は「ELLE」で、女性誌にちなんで名付けられたバラだ。
 フランスのメイアン社が1999年に作出したもの。
 さて、バラの写真はまだまだたくさんストックがあるが、いつまでも続いて切りがないし、そろそろ自分でも飽きてきたので、今回をもって終了としたい。


山手111番館のニオイバンマツリ(5月21日撮影)

ニオイバンマツリ110521

 港の見える丘公園の隣り、「山手111番館」の「ニオイバンマツリ」。
 これを撮るならこの位置からしかない構図だが、これまで5年間というもの、失敗写真の山を築いて、一度もここへ掲載したことがない。
 「上手に撮ることができない原因」ははっきりしている。
 a. 脇の道が狭く、離れることができないので、ワイドになりすぎる。
  そのためしっかりとフォーカスが合わない。
 b. 陽が向こう側から当たり、ニオイバンマツリと赤いカエデが影になり、
  暗くなって色が出ない。空は青くならない。
 このような無理難題を解決するためには、より高性能のカメラを入手するか、それができないなら、現像レタッチ技術で補完するしかない。そこで、ぼくはとうとう Photoshop ( Elements ではない) を入手して、ここ数ヶ月レタッチ技能の向上を目指してきた。上の写真がその成果という次第だ。


山手111番館のゴールデンボーダー (5月21日撮影)

ゴールデンボーダー110521

 山手111番館は、J・H・モーガンが大正15に年にアメリカ人ラフィン氏の住宅として設計した。現在は横浜市が寄贈を受けて管理し、一般公開をしている。
 こちらの表玄関のバラがいい。「ゴールデン・ボーダー」といいフランスのメイアン社が1987年に作った品種だ。
 これも白と黄色と、色飛びしやすい組み合わせで、気をつけていても失敗しやすく、なかなか上手に撮ることができない。多少曇りかけていたのが幸いしたかも知れない。

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 きょうは梅雨の晴れ間がのぞいたので、また「三浦海岸」方面を歩いてきた。
 潮風、鳶と鶯の声、そんなウォーキングだった。


2011年05月31日

  1. 和田城趾を捜して ~ 「和田の里」を歩く(2)(05/31)