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根岸森林公園の梅

2011.02.11(17:31)

【日月】

日月110204


日月2110204


鹿児島紅

鹿児島紅110204

きれいな花がほとんど残っていません。


桜梅

桜梅110204

構図が不安定ですが、なかなかよい花が見つかりません。


【水心鏡】

水心鏡110204

水心鏡は、いつもなら大きくきれいな花が多いのですが、縮れたり、傷んだりしている花が多いようです。


【高く伸びた紅冬至の枝】

高く伸びた紅冬至110204


構図について

 「構図」にはぼくはこだわるほうですが、あくまでも基本に忠実で「三角形の構図」を基本としています。安定感があるからです。
 そうはいっても、相手は自然ですから、なかなか理想通りには行かず、「ここはちょっと仕方がない」と妥協することも多いです。
 印象派の画家にドガという人がいますが、この画家は、たとえば競馬のシーンで、「騎手の半身と馬の尻だけが画面の端に見えている」という絵だとか、商品取引所の室内画で、「画面の右端に右を向いている人がいて、何かやろうとしているように見える」とか、とんでもない構図を繰り出してきます。
 意識的に不安定な構図を選び、たとえば「動き」のようなものを「演出」とようとしていたりするのです。
 「意識的」である証拠としては、この画家は親しい友人から「家族の肖像画」を頼まれたに過ぎなくても、何枚も何枚も下書きをして構図を構成します。そうして出来上がった家族像は、夫婦二人と子ども二人が、画面の中でてんでんばらばらな方角に目をやっていたりするのです。きわめて親しい人からしか依頼を受けず、引き受けたら家族の心の結びつきのようなものまで絵に表そうとし、習作を重ねてから初めて絵にします。
 たとえ、常識的に変な構図でも、練りに練ってこれでよいと決めた構図を描く人でした。
 野外のシーンでも、自分のアトリエ内で何回も何回も下絵を描いて、それから全体を構成するという描き方をしました。
 花の写真で、左端の花が左を向き、右端の花が右を向いていると、構図はきわめて不安定な感じがします。それでも、ぼくはときどき敢えてそれをやりますが、画面外の陽射しを表現しようとか、やはり意図があります。
 ドガの絵を観賞していると、「意図がはっきりあるときはやってもよい」と自信を持つことができます。

 上のいくつかの梅の写真ですが、今年は梅園の工事のため時季が過ぎてしまい、選ぶことができる花が少なくて、なかなかよい構図が見つかりません。ほとんどが「仕方がないと妥協した写真」ばかりですが、最後の「紅冬至」は、撮影時点で「これがベスト」という意識がありました。
 しかし、構図としては問題大ありです。左下に何かあれば立派な三角形の構図ですが、何もないときわめて不安定であり、構図としてはふつうは禁じ手です。
 でも、「そこになにもない」からこそ表現できるものがある、とも感じています。
 これは「とてもよい写真」か、それとも「基本を逸脱した愚作」のどちらなのか。
 迷いつつも、ここへ出すことに決めました。

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たまにはこういう記事もよいですかね。
けっこういろいろと考えながら写真を撮ってまして、そういう経過を文章にしてみるのもおもしろいか、と。

2011年02月11日

  1. 根岸森林公園の梅(02/11)