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「正岡子規と明治の鉄道」展 ~ 旧新橋停車場

2010.05.21(19:11)

旧新橋駅停車場100518

 旧新橋停車場鉄道 歴史展示室にて、第23回企画展「正岡子規と明治の鉄道」という展示が行われています。(2010年7月19日まで開催)

 鉄道歴史展示室は鉄道や汐留の歴史などを紹介するもので、財団法人東日本鉄道文化財団が旧新橋停車場駅舎を再現したその建物の中にあります。上の写真がその再現された旧新橋停車場です。外観については、当時の鮮明な写真、駅舎基礎など信頼性の高い資料が残っており、これを基に可能な限り正確に、本物が存在した「場所」の上に当時の「外観」を再現した、といいます。
 当時の石積みなど、古い建築物の一部を残して見学できるよう、巧みな工夫が施されています。

 さて、今回の展示は、正岡子規が1893(明治26)年夏に1ヵ月かけてめぐった奥羽旅行の紀行文『はて知らずの記』の記録をたどるというかたちで、当時の交通手段や社会情勢を眺められるようになっています。古い記録写真がとても興味深く思います。

 NHKのドラマ『坂の上の雲』に人気にあやかって、正岡子規だけでなく、夏目漱石、秋山真之の写真も展示されています。ぼくが子規に興味を持ったのもこのドラマが最初でした。
 NHKの『坂の上の雲』を見ていたら、
 「五月雨を集めてはやし最上川」という芭蕉の句と、
 「五月雨や大河をまえに家二軒」という蕪村の句を比較して、
 正岡子規は「蕪村の句のほうがよい。なぜなら誰でもその情景がぱっと頭に浮かぶように詠まれているからだ」と語っていました。言い換えると、技巧に走り過ぎて写実的でない歌を子規は嫌っていたのです。  
 古今調を嫌い、勇壮な万葉調が好まれた。明治のこの頃は、そういう時代でした。
 このドラマをやっていた頃、私はたまたま『百人一首の歴史学』という本を読んでいました。歌というものは、その場その場の個人的なシチュエーションだけでなく、その時代の文化的な背景があって、そこから生まれてくるのだ、ということに、『百人一首の歴史学』とドラマ『坂の上の雲』とがうまい具合にシンクロして、私に気がつかせてくれたのでした。
 当時の写真の数々を眺めているだけでもおもしろく感じます。20分もあれば十分楽しめる程度の展示ですので、通りかがりでもよいから、入室、見学されることをお薦めいたします。
 場所は現JR新橋駅から汐留方面へ徒歩5分程度のところです。


ふれ太鼓(おまけ)

ふれ太鼓100518

本日のおまけ写真は、京成バラ園芸社1974年作出の「ふれ太鼓」です。
昨日と同様、港の見える丘公園隣接のイギリス館バラ園で撮影しました。

2010年05月21日

  1. 「正岡子規と明治の鉄道」展 ~ 旧新橋停車場(05/21)