平塚市美術館付近の散策

2015.06.17(20:45)

川口起美雄展パンフレット表紙 川口起美雄展パンフレット裏表紙

 6月3日の日経新聞夕刊に、中世のテンペラと油彩の混合技法を追求してきた日本の画家 川口起美雄 さんの個展が平塚市美術館で開催されている、とのコラム記事が載った。
 昨年秋に東京都美術館で開催された「ウフィツィ美術館展」を契機にぼくはルネサンス美術に傾倒しているが、当時のボッティチェリなどの代表作はまだ油彩ではなくテンペラの技法で描かれていることから、上の記事に強く惹かれ、6月11日に平塚美術館に出かけた。


150611_美術部生徒たつの作品1

 平塚市は、首都圏外の方には七夕祭りなどで知られた湘南地方の地方都市に過ぎないかも知れないが、平塚市美術館周辺を歩いてみると、文化の振興にも力が入っていると感じる。

 上の写真は平塚市博物館の横を通って美術館に向かう小径だ。隣の工場の敷地と小道との境界の塀に、市内中学校の美術部の生徒たちが競って絵を描いているのが目を惹く。
 当日は絵を観るのが目的だったから、写真はすべて iPhone による撮影だ。


150611_美術部生徒たちの作品2


150611_蒸気機関車D52

 上は平塚市博物館の庭園にあるD52。


【平塚市美術館】

150611_川口起美雄展ロビー

 平塚市美術館の2階だ。
 壁に「川口起美雄 ー 絵画の錬金術師」と表示がある。


150611_平塚市美術館内部1

 美術館の内部は広々として美しい。


150611_平塚市美術館内部2

 ロビー脇の棚には画集ほか美術関係の本が並べられていて、自由に読むことができる。
 もう少し広いデスク・スペースがほしい。


150611_平塚市美術館外庭

 2階から出て、美術館の外庭を眺めたところ。


【横浜ゴム平塚製造所記念館】

150611_平塚ゴム記念館3

 平塚市というと、戦前から海軍火薬廠があったところ。その敷地は戦後、横浜ゴム平塚製造所に払い下げられ、戦後の同市の発展に寄与した。
 写真は横浜ゴム平塚製造所記念館だ。
 駅から北へ数分で平塚八幡宮があるが、その西隣に位置する。美術館へいくには八幡宮と横浜ゴム平塚製造所記念館のあいだに挟まれた細い道を北へ行くのが徒歩での近道だ。

 写真の西洋館は、1912年頃に無煙火薬を製造していた「日本火薬製造」によって建造されたもので、英国から招いた支配人が居住していたらしい。戦後米軍に接収され、払い下げを受けた横浜ゴムが応接や会議に使用していたという。


150611_平塚ゴム記念館2

 現在は横浜ゴム社から平塚市に無償譲渡され、平塚市の管理下にある。


150611_平塚ゴム記念館応接室1

 観光客は七夕祭りや砂浜での海水浴などに目が行きがちだが、こんなところもあります、という紹介だ。

尾形光琳300年忌

2015.02.28(23:20)

20150227 熱海_美術館のトンネル1

 今年は尾形光琳300年忌ということで、熱海の美術館で『記念特別展「燕子花と紅白梅」 光琳アート -光琳と現代美術-』が開かれています。
 3月3日までなので残りわずか。昨日2月27日に観にいってきました。


20150227 熱海_美術館のトンネル2

 エレベーターのトンネルのカラー・アートはMOA美術館の名物です。

20150227 熱海_美術館のポスター


20150227 熱海_黄金の茶室1

 黄金の茶室の復元展示もこの美術館の名物となっています。
 3回目の挑戦で、ようやく見られる写真になりました。金の輝きをとらえるのは、簡単ではないと感じます。


20150227 熱海_黄金の茶室2


20150227 熱海_美術館の庭 松

 以下、美術館の庭園の様子が続きます。


20150227 熱海_美術館の庭 竹


20150227 熱海_美術館の庭 紅梅

 松、竹、梅と並べてみました。


20150227 熱海_美術館の庭 白梅

 やはり紅白揃えましょう。


20150227 熱海_熱海港を見下ろす


20150227 熱海_坂町の寺桜全景

 熱海駅前平和通り商店街の「海蔵」で遅い昼食をいただいて、海岸の方へと下っていきました。
 これは「坂町の寺桜」です。明治の初めにはここに医王寺という寺があり、境内に植えられた桜のうちの一本だ、と言われているそうです。


20150227 熱海_坂町の寺桜枝振り

 大寒桜(おおかんざくら)という品種で樹齢130年だそうです。


20150227 熱海_坂町の寺桜アップ


20150227 熱海_咲き残りのアタミザクラ

 糸川遊歩道まで下っていき、アタミザクラが少しは残っていないか、と期待したのでしたが、ご覧の通り。


20150227 熱海_咲き残りの熱海桜アップ

 咲き残りの花の様子は、妙に妖艶な感じがしました。

清浄光寺・時宗総本山 〜 藤沢

2014.05.31(17:00)

清浄光寺三門140509

 5月9日、東海道線藤沢駅から北へ徒歩約15分、時宗の総本山清浄光寺(せいじょうこうじ)を訪ねた。
 3年ほど前から奈良、京都、鎌倉などの古都を訪ねるうち、著名な寺院にも立ち寄ることが多く、気が付いてみれば日本の主要仏教13宗派のうち、かなりの数の総本山を訪れている。
 お参りしていないのは金剛峯寺、久遠寺、大念仏寺、永平寺のほかは、この清浄光寺だった。遠方ならともかく、同じ神奈川県内だから、一度は訪ねてみたいと思っていた。


オオイチョウと本堂140509

 清浄光寺は「遊行寺」という名のほうがよく知られている。宗祖・一遍以来、代々の遊行上人が法主として、念仏を広める布教の旅に従事したのだそうだ。
 浄土真宗の信者数が約1250万人、浄土宗が600万人、日蓮宗が385万人などと言われるのに対し、時宗は5万9千人程度だそうだから、奈良の古い仏教、法相宗、華厳宗、律宗などと同様に、日常生活ではあまり馴染みはない。


オオイチョウと本堂並び横長140509

 図式的なものの見方をすれば、法然、親鸞、一遍の三上人がひとくくりで、現世において阿弥陀仏を念じ、浄土への往生を願う、ということであるらしい。それぞれ信心や悟りについての考え方に相違があって、一遍上人の考え方は「南無阿弥陀仏」という名号そのものに絶対的な力があって救われるのだ、としたらしい。


一遍上人像縦140509


一遍上人像横140509


本堂見上げ140509

 堂内には阿弥陀如来座像が安置されていたと記憶しているが、「本尊は?」と尋ねられたら、阿弥陀如来と答えるのではなく、「南無阿弥陀仏の名号である」と答えるのが正しいらしい。


本堂横から140509


本堂横見上げ140509

 境内は広く、本堂の裏から西側へと放生池、社務所、社務所の庭園などが広がっている。
 今回の記事ではそこまで紹介しているとたいへんなので、本堂回りだけで終わらせていただく。
 ぐるりとまわって、社務所前の中雀門の横を出てくると、目の前にまたオオイチョウが出てくる。


オオイチョウ横から140509

 イチョウは樹高21m、幹回り 7.1m。かつては高さ31m あったが昭和57年の台風で幹が折れてしまったという。それが復活して現在に至っている。樹齢は不明だそうだ。


中雀門を臨む140509

 イチョウの下から中雀門のほうを見ている。
 最後にもう一度本堂の姿を眺め、この日は清浄光寺を後にし、藤沢本町駅へと向かった。


本堂全景140509

吾妻山の菜の花

2013.01.27(16:00)

吾妻山の菜の花130125

 昨日の二宮・吾妻山の花々のつづきです。

 登ってきたので身体が暑いくらいなのに、陽射しが降り注いで、しばらくは上着も脱いで、美しい景色を眺めていました。


吾妻山の菜の花縦130125

 縦の構図にすると、近くから遠くまでの菜の花にフォーカスを合わせるのに、いったいどうすべきかと迷います。
 一番手前は諦めました。三脚を持ってここまで登ってくる体力があれば、まだやりようはあるように思いますけど。


二宮から臨む真鶴岬130125

 位置関係からすると、見えているのは真鶴半島なのかな、と思うのですが、こういう広域の遠近感が自分にはできていないので、自信がありません。


吾妻山の菜の花横長130125

 20分ほどここにいたら、急に風が出てきて、今度は寒いくらいになりました。
 風はどんどん強くなって、寒いからダウンジャケットを着ようとするのに、吹き飛ばされそうになります。
 やがて、立っている脚がぐらつくくらいになってきました。

吾妻山のニホンスイセンとロウバイ

2013.01.26(16:00)

吾妻山の日本水仙130125

 平塚のひとつ先が大磯、そのもうひとつ先が二宮。駅前に吾妻山の登り口があり、一気に登るその途中です。
 言葉よりも写真が雄弁でしょう。


吾妻山の日本水仙2130125


吾妻山の八重の水仙130125

 八重化している花もちらほら見られます。


吾妻山のロウバイ130125

 鎌倉の光則寺ではソシンロウバイしか見られませんでしたが、これがロウバイなのでしょうか。


吾妻山のロウバイ2130125

湘南

  1. 平塚市美術館付近の散策(06/17)
  2. 尾形光琳300年忌(02/28)
  3. 清浄光寺・時宗総本山 〜 藤沢(05/31)
  4. 吾妻山の菜の花(01/27)
  5. 吾妻山のニホンスイセンとロウバイ(01/26)