
撮影場所:銀座1-9-8 奥野ビル
撮影日:2016.09.13
撮影機器:iPhone6
金沢美術工芸大学は今年創立70周年を迎えたそうだ。金沢美大の同窓会が、8月28日から9月27日まで、創立70周年の大展覧会の東京エリア独自企画展として、「銀座ジャック2016」と称し、銀座のギャラリー70個所で卒業生たちの展示会を行っている。
当ブログにときどきいらっしゃる 緑の惑星人 さんも、金沢美大のOBとして、銀座1丁目9-8 奥野ビルの4階403号で、ご本人が創られた数多くのキャラクターを展示する「CHARACTER 展」を9月18日(日)まで開催されている。

京王線のバンフレットやイヴェントに使われた けい太くん とか、ほかにも LINE のスタンプとして採用されたり、絵本になったりしたキャラクターたち。そんなヴァラエティに富んだ展示を楽しみにいかれたらいかがだろう。ご本人や奥様ともお話しできる。

上の写真、右下のコーナーは奥様が制作されたジュエリーの数々。
【 THE BYOBU 東京店】

撮影場所:銀座1-8-19 キラリトギンザ6階「dining gallery 銀座の金沢」
撮影日:2016.09.13
撮影機器:iPhone6
私は 緑の惑星人 さんのお奨めにしたがい、金沢美大OBが競作した「THE BYOBU 東京展」も見てきた。美大卒業生といっても、企業の工業デザインを担当されている方とか、油絵一筋の方とか、みなさんそれぞれ専門の分野があるわけだが、お題は「B5版2枚見開き程度の大きさの板で屏風を創ること」だ。
さすが美大卒、このお題に合わせてみなさんなんとかしてしまうのだなあ、と創意工夫の様子を楽しめる。
なお、ブログ「緑の惑星」は左記ブログ名をクリックしてください。
ご本人のブログの9月1日の記事に、銀座の案内図が掲載されています。

撮影場所:上野・東京藝術大学大学美術館
撮影日:2016.09.09 以下同じ
撮影機器:内部のみ iPhone(美術館外は CANON EOS5D MarkⅢ)
幕末から明治にかけて、日本は海外へ工芸品を輸出し、外貨を稼ぐことに力を入れ、江戸時代に培った技術に磨きをかけて、見る人をあっと驚かせるような、きわめて精緻で写実的な工芸品の数々を創り出しました。
2009年の秋に横浜美術館で開催された「大開港展」で、私はそれらの工芸品を目にして日本の工芸技術のずば抜けた水準の高さを知り、それ以来ずっと興味を抱いてきました。
神奈川県立博物館では宮川香山の精緻な陶器作品が数点展示されていて驚かされておりましたが、本年2〜4月にサントリー美術館で宮川香山展が開催され、ついに宮川香山の業績の全体像を掴むこともできました。
そして、今回、東京藝術大学大学美術館の「驚きの明治工藝」展です。

今回の展示品は、明治期の工芸品に魅せられた一人の台湾人 宋倍安氏が蒐集したコレクションからのもので、江戸時代後期から昭和初期までの 彫刻、金工、陶芸、染織品などの工芸品が並べられていました。
いままで私が見てきた数々の作品とは、一点も被っていないので、こういう工芸品もあったのか、と新鮮でした。

漆工、螺鈿、七宝、染織など、驚き呆れるほど精緻な工芸品の数々が並んでおり、眼鏡をわざわざ老眼鏡にかけ替えてから眺めるなどしましたが、つまりは近くに寄って慎重なマクロ撮影を試みない限り、それらの素晴らしさを伝えることはできません。
いくら写真撮影自由といっても、ほかの鑑賞者の迷惑になるようなことは控えねばならないので、ここで今回写真を並べたのは、比較的大型の金工美術品です。
とくに、鉄でつくられた「自在置物」は、iPhone6 の写真でもお楽しみいただけるでしょう。

「自在置物」のうちで最大の「自在龍」です。
下に部品の写真があります。首や尾、足など自由に曲げられるようになっているそうです。


隣にビデオがありまして、そのビデオは収納箱を開けるところから始まります。蓋をとると中に蛇がとぐろを巻いてはいっています。ビデオではそれを持ち上げて見せます。なんとここで写真を掲載した蛇は、自由自在に鎌首をもたげたり、とぐろを巻いたり、うねって這うようなポーズにしたりすることが可能なのでした。


盆に錆の出た鋏(はさみ)が置いてあるように見えます。
ふと疑って、老眼鏡に変えて目を近づけますと、なんと騙されていました。盆も鋏も一体なのです。鋏は置いてあるのではなくて、盆が盛り上がっているのです。

竹を切って磨き、塗りで仕上げた煙管筒のように見えます。
実際の材質は紙だそうです。節の盛り上がり、竹筒の汚れまでていねいに再現されています。
写真は展示品のうち、iPhoneでも撮りやすいほんの一部の品々です。
こういう呆れるような超絶技巧の細工の工芸品をご覧になりたければ、上野の東京藝術大学大学美術館で10月30日まで開催されています。
また、今回は宮川香山の陶芸品は比較的後期のものが数点しかありませんでしたが、宮川香山の高浮彫の作品をご覧になれる機会があるときは、是非その機会を逃さぬようお奨めいたします。
《宮川香山の高浮彫作品例》(3月4日 サントリー美術館にて撮影したもの)

撮影場所:サントリー美術館内 撮影を許可されたコーナー
撮影日:2016.03.04
撮影機器:iPhone6

撮影場所:六本木ヒルズ・森アーツセンターギャラリー
撮影日:2016.08.25
撮影機器:iPhone6 以下同じ
ルーヴル美術館自身の言明によれば、同館は「200年以上のその歴史において、あらゆる芸術と交わることでいつの時代もアーチストとの出会いと創造の場であり続けている」のだそうだ。
その「あらゆる芸術」の中には「建築」「彫刻」「絵画」「音楽」「文学(詩)」「演劇」「映画」「メディア芸術」の8つ芸術がある、とされてきたが、ルーヴル美術館は第9の芸術と呼ばれる「バンド・デシネ/漫画」に門戸を開き、「ルーヴル美術館BDプロジェクト」を始めた。
(注)今回の写真は許可されたコーナーでのみ撮影したもの。

手始めとしては、「漫画」という表現方法でルーヴル美術館の魅力を人々に伝えたい、として、主としてフランスと日本の漫画家12人を招待、「ルーヴルをテーマに自由に作品を書いてもらう」という企画を実行した。
実際に数多くの本が出版されているようだ。
森アーツセンターギャラリーのミュージアム・ショップでも販売されていたが、フランス語では簡単には読めないし、日本作家のものも1冊 2500円以上もするのではなかなか手を出せない。それはともかく…。

本展はそれら12人の作家の作品の原画を展示しつつ、物語の粗筋を要約するなどして、各作家の紹介にも努めている。
日本からは荒木飛呂彦、谷口ジロー、松本大洋、五十嵐大介、坂本眞一、寺田克也、ヤマザキマリのみなさんが参加している。
ちなみに、ぼくが真っ先に「おもしろいな」と思ったのはダヴィッド・プリュドム(David Prudhomme)の作品。ルーヴルを訪れるさまざまな人々の様子に眼をとめたもので、ひとコマひとコマがじっくりと鑑賞に値する楽しさがあった。

日本の漫画は主としてセリフと絵で流れるように物語を紹介していくことに主眼があるが、フランスの「バンド・デシネ」は上に述べたように、ひとコマ、ひとコマがじっくりと鑑賞に値するレヴェルで工夫されて描かれ、中には絵物語に近いものもある。もちろん作家によりさまざまな違いはあるにせよ、日本のような大量印刷、大量消費のマンガとは少し違う。

写真以外にパンフレットの写しもブログに収録したので、雰囲気を味わっていただきたい。
世界は広い。いつまでも「マンガなんて…」という感覚でいては、新しい芸術、新しい楽しみの存在を知らないまま時代の流れに取り残されてしまうだろう。

12人の作家の作品を眺めていると、あらためてルーヴル美術館の魅力を感じざるを得ない。
いろいろな場面が描かれているが、とくに強い印象を受けるのは「サモトラケのニケ」が展示されているスペースへと登っていく大階段の光景だ。多くの作家が採り上げているのは、やはり「サモトラケのニケ」の魅力か、あるいはそれを展示するルーヴル美術館の展示手法の巧みさなのか…。
(注)上の写真、中央で飛んでいるのが「サモトラケのニケ」
下の写真にも登場している。

じつは2、3年前に東京ミッドタウンでサモトラケのニケのレプリカを見て、その美しさに感動したことがあった。
写真も撮影したのだが、いつだったのかわからないまま写真を探し出せないでいる。ここへ掲載できないのが残念だ。
まあ、そんなこんなで、いつ実現できるかはわからないが、ぜひ一度実物を見に行きたい、と思っている。

会場出口のイラスト展示。
ところで、1、3枚目、垂直線、水平線が揃っているのは、PhotoshopCC のおかげ。
ヴァージョン・アップのおかげでコンピュータの手を借りていとも簡単に実現できるようになった。
4枚目はマニュアル修正。直しすぎるとかえって不自然と思ったので。

撮影場所:横浜そごう そごう美術館
撮影日:2016.08.10
撮影機器:iPhone6 以下すべて同じ
レンブラント という画家については、頭の中に「これがレンブラントだ」というイメージがきちんとできていなくて、私にとっては苦手な画家の一人でした。
暗い影の中に浮かび上がる愛想のない男たち。
それが名画だと言われても、そういう画像は、たとえ高級な印刷物の画集の場合でも、コントラストばかりが強く薄っぺらで味わいのない写真画像になりがちです。
細かいニュアンスなどはどこかへ飛んでしまい、「レンブラントのよさ」がどんなものなのかが伝わってはこない。
それに、たまに日本にレンブラントの実物がきても、展示数が少なくて、レンブラントの画業がいかなるものなのか全体像がつかめない。画風そのものでさえ、「これがレンブラントだ」としかとはつかめないままなのでした。
レンブラントの絵画というのは、せいぜいそんなイメージでした。
〈愚かな金持ち〉

レンブラントは工房を経営し、弟子たちを数多く抱え、量産させて自分のサインを入れていたという話もあって、世界中に散らばる約1000点のレンブラントの作品とされてきた絵画については、じつは真筆かどうかはわからない、と言われてきたそうです。
専門家泣かせの画家だったようです。
そうなると、「これがレンブラントだ」というイメージを自分の頭の中に作り上げるためには世界中あちらこちらを旅行せざるを得ず、とても困ります。
そこへ今回の『レンブラント〜リ・クリエイト展』がやってきました。作品数はなんと油彩画だけでも350点! エルンスト・ファン・デ・ウェテリンクさんというアムステルダム大学の先生が「これこそはレンブラント本人の絵だ」とした350点の、非常に精密なデジタル複製品の展示です。実物の絵ではないので撮影は自由。
〈獄中のパウロ〉

「複製品展示を見にいったのか」と言われれば「その通り」と答えざるを得ないのですが、そもそも約1000点のレンブラント絵画が個人所有も含め世界各地に散らばっていて、その中に本物でない絵も多いわけですから、真筆のお墨付きばかりを今回一時に見ることができるというのは、たとえデジタル複製品であってもチャンスなのです。
レンブラントの絵の勉強をして、どんな絵なのかを知って、「これがレンブラントか」とじっくりと味わいたい日本の西欧絵画ファンにとっては貴重な展覧会と言えましょう。
〈エマオの晩餐〉(習作)

過去に「絵画は実物を見ない限りわからない」と何度も発言してきた私が、どういう風の吹き回しで宗旨を変えたのか、と問われるかも知れません。
しかし、昨今のデジタル複製技術の進歩は並大抵の進歩ではないのです。何よりも大きさが現物と一致しているという点が大きい。「画集にするために縮小」ということはなく、実物大の精巧な複製品なのです。縮小さえしなければ、昨今の技術では画家のタッチまでも正確に再現できるところまできています。
もちろん、まったく同じではないにしても、同じに限りなく近い複製品なのでした。
「エマオの晩餐」は、カラヴァッジョとずいぶん違いますね。
それでも、以上3枚と後に続く「イエスの奉献」など、目立つ特徴として気が付くのは光と影と質感なのですが、おわかりになるでしょうか。
〈イエスの神殿奉献〉

昨年からの学習(旧約、新約の聖書、マリア伝説、聖人伝説など)の成果で、いまでは私は「エマオの晩餐」や「イエスの神殿奉献」くらいなら、題名を見なくても何を描いたものかがわかります。
〈テュルプ博士の解剖学講義〉

これは有名な絵「テュルプ博士の解剖学講義」。幾何学的空間表現によるのではない「空気遠近法」が使われています。
絵の中のこの部屋にいかにして「奥行き」を創り出すか、という工夫があります。
〈東洋風の衣装の男〉

衣装の質感表現がすごいです。
〈ガリラヤの海の嵐〉〜 盗難に遭い、未発見のまま

「ガリラヤの海の嵐」はボストンのイザベラ・スチュアート・ガードナー美術館から1990年3月に盗まれました。
まだ未発見です。デジタル複製画展なら、盗難に遭った絵画であっても鑑賞が可能です。
〈フローラ(に扮するサスキア)〉

妻サスキアに女神フローラの扮装をさせて描いたもの。この時代の絵画を鑑賞するには、ギリシャ、ローマの神話に関する知識があると一層楽しめます。
〈アブラハムの供犠〉

「アブラハムの供犠」はよく似た弟子の作品の写真が添えられ、人体デッサンを中心に詳細な解説があっておもしろい展示でした。この絵画がどういう場面を描いたものかはご存じですよね? 映画「天地創造」を思い出しましょう。
〈夜警〉

有名な「夜警」ですが、元の絵画(原画)は1715年にアムステルダム市庁舎に移されたとき、柱の間に絵がきちんとおさまるように左端のかなりの部分と上部を少しカットされました。
中央の2名の人物が真ん中に来てしまい、なんとも妙な構図になっていることは、カットした部分を復元展示することによってよくわかるようになります。
写真の復元画は中央の人物がやや右寄りへ移動することによって落ち着きましたが、なんと、そごう美術館に展示する際、今度は天井の高さが足りないとのことで、上部を大幅カット!
絵画は主題を真ん中にもってくればよい、というものではないことがよくわかります。
ちなみに写真も同じ。みなさん気をつけましょう。
〈風車〉

たとえば上の風景画。線が入っている左上部分はカットされていて、あまりに構図がおかしいので「贋作」との評価が定着していましたが、さまざまな調査から左上部分がカットされていることが判明。修正展示されました。
さて、切りがないのでやめますが、re-create されたデジタル複製画というのも、なかなか役に立ち、おもしろいものだということを伝えたくて、今回の記事を書きました。
本展は9月4日まで横浜そごう「そごう美術館」で開催されています。
なお、カメラはすべて iPhone6 で撮影しています。

撮影場所:JR相模原駅ビル「セレオ相模原」4F 相模原市市民ギャラリー
撮影日:2016.08.12 (新聞記事を除く)
撮影機器:iPhone6
8月6日から28日まで、相模原市市民ギャラリー(駅ビルセレオ相模原4F)で「遠藤彰子の世界展」が開催されている。
じつは横浜美術館にもこの画家の「街シリーズ」の収蔵品があり、私は遠藤彰子さんの空間表現のおもしろさに心を奪われ、縁があれば他の作品を見てみたい、と機会をうかがっていたのだった。

遠藤彰子さんの空間表現というのは、近景から遠景までがダイナミックに繋がっていて、上下の感覚が曖昧で上と思えば下、下と思えば上とというふうに、彼女の世界では重力の法則でさえ曖昧に、上下左右が自由自在に繋がり、描かれる街の中では登場人物や動物たちが、歩いているかと思えば浮遊していたり、そんな空間表現なのである。

そして、描かれる画面は縦3.3m、横はそのその数倍はあるのだから、絵の前に立てば彼女の世界に引き込まれてしまいそうに圧倒される。その大画面に、「描き残しはイヤだ」とばかりに隅々まで人物や動植物、建物などが描き込まれている。

8月10日の日経新聞の夕刊「創 クリエーター」の記事によると、描かずにはいられないこの性分は初めは美大の教官から嫌われ、いまではこの画家の強力なエンジンとなっている、という。
本人の言葉によると「現実に何かが欠けている感じが常にある」ので、それを埋めるように描かずにはいられないのだそうだ。

一方でこの画家の絵の私の楽しみ方は、絵の中のこの階段を登り、この通りに出て、この人の横を通り、上を眺め…、というふうに、彼女の世界の中を歩くことを想像して眺めている。そんなふうにして捜せば、何かおもしろいこと、何か自分が捜しているものが見つかりそうな気がするからだ。
つまり、私は何か見つかりそうな混沌とした世界が好きなのであり、彼女は現実の世界の欠落感からそれを埋めようとして混沌とした世界を描いているということなので、その結果、画家と鑑賞者である私の望むところはぴたりと一致していることになる。

「街シリーズ」のあとの遠藤さんの世界には、オオカミとか大蛸とか蜘蛛とか、奔馬とか、いろいろと気味の悪い動植物が多数登場し、彼女の世界は街から離れて幻想的な世界へと向かっているようだ。(上の写真は作品の一部分)

その中には多数の人間たちが登場するのだが、そんな世界でもかまわず人々は飲み食いし、恋人たちは踊っている。母子像もよく登場するが、母と子は大蛸の起こす波に揉まれたり、大きな木の枝の上で孤立したりしながらも「わあ、すごいね」と、混沌とした世界を見つめ、楽しんでいるように見える。(上の写真は作品の一部に登場する母子像)
画家の描く世界を目の前にしている私は、だからそうした絵の中の母子に共感を覚え、母子と同じように遠藤さんの描く世界を楽しんでいるのである。
遠藤彰子さんのプロフィール:1947年東京都生まれ、武蔵野美術短期大学卒業。1969年に相模原市にアトリエを構えたことから、同市の収蔵品が多数あることに繋がっているらしい。
なお、この展示はカメラ撮影自由となっていました。

2013年の1月、横浜美術館に「はじまりは国芳 ~江戸スピリットのゆくえ」という展示を観に行った。
幕末の浮世絵師 歌川国芳が、明治の洋画の始まりに繋がっている、という内容の展示であり、私は当時の「ディックの本棚」に感想を書いているが、その一部を以下に引用する。
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横浜美術館の所蔵品の中に渡辺幽香が描いた「幼児図」という印象的な作品がある。
ぼくはこの「幼児図」が気に入っているのだが、画家の渡辺幽香というのはいったいどんな人物なのか、調べたことがなかった。今回の展示で初めてよくわかった。
渡辺幽香は女性で、五性田義松の妹、五姓田芳柳の娘なのだ。五姓田芳柳も義松の絵のコレクションも横浜美術館でよく見かけていたが、渡辺幽香の縁者だったわけだ。それどころか、五姓田芳柳は歌川国芳の門下なのだった。
そしてこの五姓田芳柳らが、写真を基に絹地に筆で陰影を付けながら肖像や日本風俗を写実的に描くという手法を編み出していた。これらも横浜絵といわれて、諸外国へ輸出されていたのだ。
山本芳翠という画家がいる。三菱一号館美術館のオープンを飾った「三菱が夢見た美術館」展に山本芳翠の「十二支図」のうち「牽牛星」が出品されていて、ぼくは目を見はったことがある。日本画と西欧画の融合の美しさとでも言おうか。山本芳翠は、五姓田芳柳の横浜絵に感心して芳柳に入門した、と言われている。
まさしく、またまた「はじまりは国芳」だった。
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そして、神奈川県立美術館で現在開催されているのが 特別展「没後100年 五姓田義松 — 最後の天才 —」である。

長々と書いているのには理由がある。
五姓田義松は早熟の天才で、十代の頃にチャールズ・ワーグマン(幕末に来日した英国の画家)に弟子入りし、早々と師を上回る絵を描いていた。今回の展示をいって真っ先に驚かされるのは五姓田義松が17歳頃に描いていた水彩の風景画で、あまりの見事さに驚かされるのだ。
五姓田義松はその後フランスに渡るのだが、彼が学んだのは伝統的な西欧絵画の手法であり、フランスではその頃から印象派がもてはやされるようになっていった。
帰国後の日本でも、黒田清輝が人気となっても五姓田義松は忘れ去られる運命だった。
つまりは、「五姓田義松は忘れられた天才」なのである。
私はもともと近現代絵画が好きで絵を見るのが好きになったのだが、ここ2、3年の間にルネサンスなど西欧の伝統的な絵画を見る眼を養うことに努めてきた。
いまだからわかる。一見地味ではあるけれど、五姓田義松はやはりずば抜けた天才だった、と思う。
本展は五姓田義松にスポットを当てた貴重な展示であることは間違いないが、神奈川県立博物館の展示方法はあまりにも稚拙で、まるで素人が企画したようだった。
1. ガラスケース内に数枚のデッサンや水彩画が並べられている。その位置がガラスケースの下部にあって番号が振られ、最下部に表示された番号と題名で何の絵かわかるようになっている。
おそらくは先に(無計画に)ガラス板にシールを貼るなどして、後から組み立てたのだろう。
番号と題名部分はケース下の黒い台座の下側になり、字が地の黒と一緒になった部分はほとんど読むことができない。
2. 最初の部屋に詳細な年表がある。たとえば「勢子が義松と同居を始める」とある。奥さんが同棲したのか、妹と一緒に住んだのか、さっぱりわからない。家系図は最後の部屋にあり、そこではじめて勢子は母親のことだとわかる。
本展示において、絵画の技法のすばらしさ、というようなこととは別に、見る人を感動させる力を持っている作品は明らかに家族を描いた絵だ。展示する側もそれがわかっているから家族の絵を最後の部屋に持ってきたはずである。
つまり、五姓田一族の家族関係は本展にとってきわめて重要なポイントなのだ。
ぼくは「渡辺幽香は妹だったっけ?」と展示を見ている初めからずっと疑問に思っていたし、年表を真っ先に出すのだから、家系図も同じ最初の部屋に展示すべきだろう。そうでないと、年表内の人物名と家族との関係がわからないまま悩みつつ展示を見ることになってしまう。
3. 展示室内で声高にあれこれ会話する人たちがいても、部屋にいる係員はまったく注意しない。
博物館なら「あれこれ論評しながら見る」のはむしろ歓迎すべだろうが、本展は美術展だ。観るほうは集中して感性をとぎすませているのに、横であれこれ勝手なお喋りをされてはたまらない。
せっかくの展示なのに…、とぼくは残念だった。神奈川県立博物館は、このような美術展を開催する基本的な技能や方法について、あまりにも未熟なのだった。
なにしろ、本展のパンフレットは確かに存在するはず(見たことがある)だが、すでに配り終えてなくなったのか会場にはない。会場に来た人がパンフレットを持ち帰り、口コミで友人や家族に伝えて新しい人が見に来る、という機会を自ら放棄しているようなものだ。
パンフレットがないので、この記事の画像は博物館のホームページから pdf ファイルをダウンロードさせてもらった。あれこれ批判めいたことを書いていても、多くの人にこの展示を見てほしいという点は同じだからだ。
また展示目録は印刷が間に合わず印刷中だとのこと。五姓田義松の名を知らしめたいという熱意は展示から感じられるのに、あまりにも不手際が多いのだった。
【横浜トリエンナーレ2014 新港ピア会場】

横浜トリエンナーレというのは、3年に1度、横浜で開催される現代アートの国際展だ。今年で5回目だが、ぼくは仕事に余裕ができた2008年のときから見に行き始めた。
横浜美術館が中心的役割を果たしているが、新港ピア、みなとみらいの各所、たとえば、野外の新ビル建築予定地やランドマークタワーの吹き抜け、赤レンガ倉庫なども使われたことがある。ヨコハマ創造都市センターといって、旧第一銀行横浜支店ビルや、BankART Studioといって1929年に建てられた歴史的建造物をスタジオに使ったビルでのイヴェントもある。黄金町・日ノ出町地区ではこのアートの祭典を町興しに使っている。
【新港ピア会場入り口付近】

ぼくはもともとアート好きで、学生時代には美術展へ年50回以上通うことを目標にしていた。
仕事が忙しくなってそうもいかなくなったが、2008年頃多少余裕が出てきて、若い頃の趣味が復活した。
とくに近現代のアートが大好きだから、好みの美術館と言えば、竹橋の「東京国立近代美術館」を一番に挙げていた。「横浜美術館」はシュルレアリスムのアート作品を数多く収集しているので、贔屓の美術館に横浜美術館が加わり、さらに六本木の「森美術館」の年間パスも手に入れた。
2008年から2011年頃は現代アートの活動がとても盛んで、東京ビッグサイトで開催される 「GEISAI」 にも数回通った。
【トライアス・ハンセンの作品】

しかしぼくがここで問題にしたいのは、どうも「若者たちのパワーが落ちてきて、現代アートがつまらなくなってきた」ということだ。
「横浜トリエンナーレ」の新港ピアの展示は、今年は出展数が著しく少ない。3年前はかなり展示数が多く、おもしろい作品が多かった。ずっと楽しかったのだ。さらに2008年のときはもっと草の根的なパワーを感じ、ずいぶんと楽しんだ記憶がある。
赤レンガ倉庫は会場として使われなくなり、ランドマークタワーの吹き抜けも使われなくなった。ビル建設予定の空き地で大きな作品を組み立てたり、工事現場のフェンスを利用したインスタレーションももうない。
〈参考〉ランドマーク・タワー吹き抜けを使った2008年のアート作品
クリックしてください →「時の裂け目へ飛び込め」
〈参考〉工事現場のフェンスを使った2011年のインスタレーション
クリックしてください → 「auto R」
〈参考〉2008年の新港ピア会場の大型作品
クリックしてください → 「割れた鏡の部屋」
〈参考〉2011年の新港ピア会場の諸作品
クリックしてください → 「新・港村(新港埠頭)のアート」

兆候を感じたのは3年前2011年の黄金町・日ノ出町地区だった。
2008年のときはさまざまな展示があって楽しめたのに、2011年は「制作中」であったり、絵がちょこっと展示されているだけのものが多かったり、楽しめる工夫がなかった。この調子では今年はもっとつまらなくなっていそうな気がして、見に行く気がしないでいる。
昨年「森美術館」の年間パスを更新しなかったのは、自分の興味が日本画に移ってきて、会費が惜しくなったからだが、ある意味では「森美術館」の展示が少しつまらなくなった、と感じていたことも否めない。
気になるのは GEISAI である。個人が金を払えばブースを借りて自分の作品を展示できるというシステムだ。2008年の頃は熱気を感じた。会場をぶらぶらするのはじつに楽しかった。
2011年の頃になると、企業と組んでデザインした商品を広めようといった趣旨の展示がぱらぱらと目立つようになり、草の根的なおもしろさ、パワーが減じたように感じた。その頃から足が遠のいた。
〈参考〉2008年の黄金町バザール
クリックしてください → 「黄金町バザール 2008」
【ギムホンソックの作品とクレーン】

上の写真、ギムホンソックの作品はブルーの風船が重ねられたような『8つの息』であり、クレーンは新港埠頭に残された過去の遺産。
ギムホンソックの作品は同じ『8つの息』が横浜美術館前にもある。会場が別でも「横浜トリエンナーレ」なんだよ、と言っているかのようだ。
近・現代アートがどうもつまらなくなってきている、というのは ぼくの間口が大きく広がって、近・現代アートに限らず、西欧の宗教絵画や、日本画の世界にまで突っ込んでいくようになったから、ぼくの興味・感性が変わってきたのか、というと、決してそういうことではない、と断言できる。
いまでも、近・現代アートの展示現場をうろうろすることほど楽しいことはない。何が飛び出してくるかわからないワクワク感がたまらないのだ。
現代アートの世界がにぎやかで楽しくなるには、美術館で展示できる作品、画廊で売れる作品というより前に、草の根的なパワーの爆発が必要なのだ、と感じている。長引くデフレで、若者たちの感性までこじんまりとしてしまったのか、との懸念が、ぼくの頭の中で燻っている。
【大竹伸朗さんの作品】

新港ピア会場では、この作品の回りをうろうろとしているときが一番楽しめた。
今回の横浜トリエンナーレの統一テーマは「華氏451度の芸術: 世界の中心には忘却の海がある」というものだ。
横浜美術館 では、たとえば「検閲」とか「焚書」とか、そうした行為への抵抗を表現する作品 が多いようだったが、新港ピア会場では、「忘却の海の中で大切な記憶をしっかりとつなぎとめておきたい」という「人間なら誰でも持っている執着のようなもの」 を表現している作品が目立った。
この作品もテーマはそれだと感じた。

いいですねぇ。これはたまらなくいい!

大竹伸朗さんのこのマシンは窓が開いていて内側も覗ける。
このアーティストのメモリーバンクみたいなものかなあ、などと想像した。
【新港ピア会場付近のサルスベリ】

【旧第一銀行横浜支店ビル 外観】

帰りに「ヨコハマ創造都市センター」(旧第一銀行横浜支店ビル)に立ち寄った。
この会場も、2011年のほうがおもしろかった。
下記をクリックしてみてください。
「ドラマチックなハンド・フラッグ」
【旧第一銀行横浜支店ビル内のカフェ】


「三菱一号館」については、過去にも何回か紹介しています。ですから繰り返しになるのですが、
この建物は、東京駅丸の内北口徒歩数分、三菱東京UFJ銀行の向かい、丸の内の高層ビルに囲まれた一画に、明治時代の三階建の洋風建築の建物を復活させたものです。

かつてこの場所にあった(旧)三菱一号館は、ジョサイア・コンドル氏の設計により1894年に竣工した丸の内最初のオフィスビルでした。丸の内には煉瓦造の洋風建物が立ち並び一丁倫敦と称される街並みを形成するに至りました。しかし1968年、丸の内の高層化再開発が進む中で三菱一号館は解体されました。
その同じ場所に、三菱グループは再び明治時代の三階建て洋風建築を復活させ、低層の美術館として一般公開しています。

今回は、「エドワード・バン=ジョーンズ展」を見たくてまたこの美術館を訪れたわけですが、前回までには撮影が困難だった三菱一号館の内部も撮ってきましたので、もう一度記事にしたい、と思います。
2012年12月の「三菱一号館~丸の内北口」の写真とは、また違った角度からの写真をお楽しみ下さい。



三菱一号館の建物と周辺の高層ビルに囲まれて、緑がいっぱいの中庭があります。


なお、「エドワード・バン=ジョーンズ展」は時流にのって、今後かなり人気が出てきそうだと思われます。
下記のリンクをクリックして、どのような絵画なのか、ご覧いただければ幸いです。
バン=ジョーンズ展/三菱一号館美術館 ~ 2012.8.19
バーン=ジョーンズ展---装飾と象徴---(公式サイト)

お台場に「トリックアート迷宮館」という施設があります。
ゆりかもめ「お台場海浜公園」駅下車徒歩2分、りんかい線「東京テレポート」駅下車徒歩5分
入館料金は大人(高校生以上) 900円です。
本日はR特派員が撮影し、Y君がモデルとなった写真を紹介します。

ふつうに撮ったのではおもしろくなくて、やはりモデルの演技力がものを言うようです。

この骸骨兵、何を恥ずかしがっているのでしょうね。

この写真集、まだまだ在庫はありますが、人気があるようなら続けますけど…。
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明晩は「新春・谷中七福神巡り(その3)」を掲載の予定です。

今晩は「ヨコハマ・トリエンナーレ2011」の新港埠頭会場「新・港村」を紹介してみよう。
ブースが集まっていて、アーティストがそれぞれ制作中または制作終了した作品を展示している。
上は南雲由子さんの「美容室」。ここで髪をカットしてもらったら、最後は写真を撮って美容室入り口に展示される決まりとなっている。

上の工房は牛島達治さんの「汎用動力研究所」だ。隣の南雲由子さんの説明によると、人力で動く機械が専門で、写真の自転車は移動式旋盤だ。自転車を漕ぐことで金属機械部品を削ったりできる。工房の中では、何かしら大型機械を製作中で、本人は毎日1度はここへやってくる、ということだった。

う~む。ぼくとしては、これでアート作品だと言われても…。

磯崎道佳さんの作品。ご自由に寝転んでください、と書かれている。

寝転んで眺めるのもなかなかよいものだ。馬の木彫りは櫻井かえで さんの作品。

寝転んで象の像を眺めながら写真を撮ると自分の足が写る。

学生たちも見に来ている、立ち上がったおじさんがとても不審に見えるらしい。

この日、この会場には「ピカいち」の作品がひとつあった。松本秋則さんの竹などを使ったサウンド・オブジェだ。
最初はモビールかとおもったが、角を曲がり込んでいくと「からから」「ころころ」と、例のCM「森の木琴」のような音がたくさん聞こえてくる。

こんなふうなものがいろいろとぶら下がっていて、風がなくても小型モーターが仕込んであり、ランダムに動き出して音を出す。これはいい! これは楽しい。ほかの作品を見てまわっていても、会場にはいつも「からから」「ころころ」と可愛い音が響いている。

このように、たったひとつでもいい。自分の感性にピタッとフィットする作品と出会えれば、見にきたかいがあった、と嬉しくなる。
制作者の松本さんは、瀬戸内国際芸術祭2010に参加したほか、海外の国際芸術祭にも多数参加している方らしい。第9回バングラディッシュ・アジア・アートビエンナーレではグランプリ受賞だそうだ。
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午前中にスポーツ・クラブへ行き、13時頃帰ってきたが、帰りは横浜駅のホームを雨が横に通って行く。階段の下へ隠れて電車を待つ人が多いが、階段も上のほうは雨が吹き込んでいる。
現在14時45分、風が強くなっている。一応の準備はしたが、皇帝ダリアが無事に済むかどうか、あまりの風の強さに、心配になってきたところだ。