川越の街並みの由来

2011.11.17(18:30)

時の鐘と白漆喰国造り扉の家111026

 10月26日に「川越」の町を見に出かけました。
 その記事を「中院」という地味なお寺に移築された、島崎藤村の義母の茶室から始めましたが、猫も杓子も騒いでいる小江戸の、しかも「時の鐘」を出したのではつまらないじゃないか、と思ったのです。
 だから、上の写真も「時の鐘」ではなくて、左手前の「蔵造りの家」の窓に注目していただきたいと思います。


蔵造りの家の窓111026

 窓に注目すると、家の壁が分厚いということがよくわかります。


蔵造りの家のモデル111026

 仕上げによっては白い漆喰仕上げとは限らず、色は多種多様ですが、分厚い土壁となっていることに変わりはありません。
 小江戸と言われる一画には、このような「蔵造りの家」が並んでいます。ぼくが知りたかったのは、どのような理由でこのような街並みが残っているのか、ということです。


亀屋の店先111026

 写真は和菓子屋の「亀屋」さんで天明三年創業ののれんが下がる老舗です。
 じつをいうと、川越とは縁がないわけではありません。長男の友人の実家が川越で、土産に亀屋さんほかの芋菓子をよくいただきます。これがなかなかおいしいのです。
 この亀屋さんも、窓をよくよく観察すれば、重厚な蔵造りとなっています。


大澤家住宅小松屋111026

 上の写真の家は小松屋さんという和装雑貨などを販売しているお店で、店頭で「お願いします」と言えば、屋敷の二階を案内してもらえます。
 じつは重要文化財の「大澤家住宅」というのがこの小松屋さんです。

 川越では寛永と享保の大火を契機にして、城下の都市計画と街の防災化が実施されたにもかかわらず、明治26年にふたたび市街の3分の1以上を消失する大災害に見舞われました。
 このとき、奇跡的に焼け残ったのがこの大澤家住宅だといいます。川越最古の蔵造りで、現存する関東地方最古の蔵造りだそうです。
 見ると、ほかの蔵造りの家のように大袈裟な窓があるわけでもないようですが、じつは二階の格子は木造ではなく土を固めたもので、銀行の金庫のような大袈裟な窓ではないにせよ、外を漆喰土で固めた引き戸を閉めて防火する仕組みとなっています。
 大火にすっかり懲りた川越の商家の方々は、この大澤家住宅を参考に、漆喰で固めた蔵造りの店を次々と建て、それが現在の街並みへとつながっているのでした。


【漆喰壁の造り方】

 厚い壁は割竹を格子に編んだ木舞に壁土を塗り固め、少しずつ厚くします。壁土は他の土に藁を混ぜて発酵させ、粗打ち、中塗り、砂削りの工程を経て、最後は漆喰で仕上げるそうです。そうしてできたのが防火に強い蔵造りの建物の壁というわけです。
 ちなみに土壁というのはいろいろな造り方が各地にあるようで、hirugao さんのブログ「時を紡いで」で見たあるお寺の土壁は、瓦を積み重ねてそれを土で塗り固めてありました。これでは地震や風雨に弱く、崩れてくるのも無理はありません。

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本牧山頂公園のガマズミの実(付録)

本牧山頂公園ガマズミの実111113

 もし上と下の写真がガマズミの実でよいのなら、わが家の近辺で初めてガマズミの木を確認できたことになりますが、いかがでしょうか。


本牧山頂公園ガマズミの実縦111113

島崎藤村のことなど ~ 川越散策でも縁があったので…

2011.11.14(18:30)

中院の門1111026

 10月26日、奈良から帰ってしばらくはおとなしくしていましたが、何やらうずうずと出かけたくなってきまして、今度は「川越」へ行ってみることにしました。
 紗真紗 さんの「喜多院」などのご紹介に惹かれたわけですが、最初から「小江戸」や「喜多院」を出しては芸がないし、たまには文学に関係したことなど書きたくなって、ちょっと変わったところの記事を書きます。


中院の境内111026

 中院というのは天台宗のお寺です。上の2枚は門と境内から見た本堂です。
 さて、こちらの境内に「茶室」が移築されていましてその茶室に目をとめざるを得なくなったのでした。


不染亭の扁額111026

 ずっと以前から、何の基礎知識もないままに『破戒』とか『夜明け前』とか意味深な題名に惹かれていまして、時間の余裕ができたら読んでみよう、と思っていたら、先日「San Poの会」で明治学院大学を訪れたとき、島崎藤村の『夜明け前』の原稿を見たり、本人が明治学院大学の学生だったこと、のちに明治学院大学の校歌を作詞したりしていることを知りました。
 これも何かの縁だから、そろそろ読まねばなるまい、と思っていたところ、この中院に「不染亭」という茶室が移築されていたのです。


茶室不染亭横から111026

 これは島崎藤村が義母(静子夫人の母親)加藤みきさんに寄贈した茶室で、みきさんが茶道の師匠で「不染」と称していたことから、藤村が「不染亭」と名付けました。
 茶室は川越市新富町にあったそうですが、マンションが建てられることになったため、関係者の人力で、加藤みきさんの墓のある当院境内に移築されたそうです。
 そんな縁で、ぼくもとうとう『破戒』を読みましたが、これがたいへんな筆力でして…、島崎藤村に深い興味を抱かざるを得ない気持ちとなり、その後もあれこれ調べまして、とりあえずは、この記事へと結びついています。

 クリックすると『破戒』の感想にジャンプします。 → 破戒/島崎藤村


狭山茶発祥の地の碑111026

 このお寺には「狭山茶発祥の地」の碑がありますが、紗真紗さんがすでに紹介されているかも知れません。



根岸森林公園のサザンカ(10月27日)

八重のサザンカ111027

 中院の記事だけで今晩を終わらせてしまうと、花の写真がないので、翌27日に根岸森林公園で今秋初めて撮ったサザンカを紹介したい、と思います。
 毎年撮っておりますが、ぼくは秋はこれを楽しみにしています。例年ですとそろそろイチョウが黄色くなっているのですが、今年はサザンカが咲いても、この記事を準備している11月8日になっても、イチョウはまだほとんど色付いておりません。


一重のサザンカ111027
 
 一般の散策者はほとんど入ってこない、米軍居留地との境界フェンスの近くです。秋から冬にかけて、この公園をよく知っている少数の人たちだけがこのサザンカを楽しんでいるようです。


八重のサザンカ斜め並び111027


サザンカの実111027

 サザンカの実です。

川越

  1. 川越の街並みの由来(11/17)
  2. 島崎藤村のことなど ~ 川越散策でも縁があったので…(11/14)